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『TRIPLE R』で開催しているアカデミーシリーズ『Knowledge is Power(K.I.P.)』のホスト、中野ジェームズ修一さんは、青山学院大学陸上競技部、長距離ブロックのフィジカルトレーナーを務めています。箱根初優勝を飾った年、主務という立場でチームを支えた高木聖也さんと共に、青学のトレーニング論を語り尽くします。

KIP

ーーまず、高木さんがやっていた「主務」という役割を教えてください。

高木 監督目線に立ちつつ、選手の意見を聞いて監督に伝えたり、ざっくり言うと選手と監督の間に入って、チームをよくしていくのが役割だと思います。マネージャー的な仕事でもあるので、練習の準備や記録も行います。

ーー中野さんが、最初に青学の練習を見た印象は?

中野 一言で言うなら、良いトレーニングではなかった。そのまま言っては、原監督も選手も気分を害すと思ったので「皆で一生懸命考えたメニューなのでしょう」と伝えましたが。足し算と引き算ができないのに、関数にチャレンジしているんです。足し算と引き算からやらないと何十年やっても無理だと思いましたね。

高木 “関数”というのは、雑誌で紹介しているような腹筋をバキバキにするだとか、見た目がかっこよくて難しそうなトレーニングです。それって、追い込んでやってる感を味わっていただけ。中野さんに、全否定されました(笑)。最初に練習を見ていただいた後に、ストレッチをすると細胞レベルで筋肉の中で何が起こっているか説明を受けました。これが、すごくわかりやすく納得できたんです。「もしかしたら、中野さんが言っていることは正しいんじゃないか?」と思わせる説得力がありました。

中野 選手たちは「怪しいやつがきたけど、信じていいのか」という空気だったそうです。「準備運動も筋トレもストレッチも、何もかも180°変えなければならない」と僕から言われても、選手たちにしたら「失敗したらどうするんだ」となりますよね。そんな中、「とりあえずやってみよう」とみんなに言ってくれたのが、(高木)聖也と当時のキャプテン、藤川拓也のふたり。後からこの話を聞いて、嬉しかったですね。

高木 中野さんに来ていただいてなかったら、青学は99.999%優勝してないし、競技人生が終わっていた有名選手もいる。そう言い切れますね。

ーーリスクを取って変革するには、勇気もパワーもいりますよね。

中野 今までやってきたことをすべて変えるには、聖也のように「よし、俺がやろう」というパワーのある人がいないと始まりません。コーチやマネージャーが半信半疑でやったら結果は出ませんね。

高木 変えることへの不安は選手にも監督にもあったんですけど、自分が中野さんのトレーニングを「やりたい」と思ったんです。ただ、変えると言っても、“当たり前”に変えるということであって、中野さんのトレーニングが当たり前になれば、選手たちもストレスを感じなくなります。パワーが必要だったのは最初だけでした。

KIP

ーー新しい知見を取り入れる時は、どんな世界でも、否定から始まるのが常です。

高木 大学スポーツの世界で言うと、いったんプロをチームに向かい入れる判断をしたら、その専門性を信じることですね。今も中野さんに身体を預けている神野(大地)も言っていたんですけど、都合のいいところだけではなくて、すべて言われた通りにすることが大事だと思います。

中野 よくあるケースなんですけど、「いくらでも出す」と僕と契約しても、3ヶ月で成果が出なかったと切ってしまう。切られるのは構わないんですが、ポンと成績が上がるわけではないので、待てるか待てないかは重要です。たとえば青学4年の下田裕太は、フルマラソンを走れる身体作りをしているんです。身体の使い方は、走る距離によって違うので、短い出雲や全日本では成績が振るいませんでした。でも、彼は「箱根の20kmや42.195kmのためだ」と言い続けた僕を信じてくれたんですよ。結果が出るのは、半年後かもしれないし、1年後、3年後かもしれない。でも、信じ抜く。それが、トップにいく選手とそうでない選手の違いだと思います。

ーー箱根三連覇の礎となった“青学トレーニング”。けっして簡単ではないですよね?

高木 “青トレ”は、先ほど中野さんがたとえた“足し算・引き算”から始まるわけです。なので、簡単ですし、肉体的にはまるできつくない。それが、“青トレ”の難しさでもあるんです。“やってる感”を求める選手は、「本当にトレーニングになってるの?これをいつまで続けたらいいの?」と不安になってしまいます。

中野 “青トレ”は、動かせない筋肉を動かすことから始まります。右利きの人は、左側の筋肉は上手く動かせませんよね。それをどう動かすかのトレーニング。左手でも書けるようになるには、地道に書き続けるしかないのに、いきなりダンベルを持ってしまうのが、自己流でトレーニングを行っているチームに多いケース。だから、長距離ランナーに必要な筋肉の繊細な動きが身につかない。

ーー繊細な動きができるようになったと判断するのは難しいのでは?

中野 僕がいろんなところを触れたり見たりして、判断しなきゃいけないんですけど、毎日いっしょにいるわけではないので、マネージャーたちの役割が大きいですね。

高木 僕らも中野さんから勉強させていただいて、選手よりは理解していたと思いますけど、正直、最後まで体幹ができているかどうか判断できるレベルに達せていたかは、難しいところですね。

中野 トレーニングは、筋肉のつき方に応じてメニューを作っているので、勝手なことをしないんでほしいんですよ。さすがにもういないけど、何回言ってもしてしまう選手がいたので、聖也にコントロールしてもらっていました。

KIP

ーーやっぱり“関数”をしてしまいたくなるんですね。

中野 男子は、大胸筋がぽこっと出て、腹筋が割れると強くなれる気がするので、しょうがない部分もあるんです。でも、長距離を走る上で、大きな筋肉のつき過ぎはデメリット。いらない重さの分、酸素が使われてしまいます。間違ったトレーニングは、有望な選手を潰す可能性もあることなんです。

高木 青学の4連覇阻止となると、他大の存在も気になる。優勝して当たり前となった今、選手たちはおのずとプレッシャーを感じるようになっています。

中野 メンタルとの戦いはますます大切になってくるでしょうね。三連覇した今年も、メンタルサポートにはとくに力を入れました。3区の秋山雄飛選手は、2年連続で区間賞を取っているんですけど、ちょっと変わっているというか、冗談が冗談として伝わりにくい選手なんです(笑)。その分人間的にもの凄い魅力のある選手なんです。箱根直前にはうちのトレーナーが1時間近く寮のロビーでじっくり話し合ったこともありました。

KIP

ーー2020年に東京オリンピックが開催されます。“マラソン大国日本”復活のために必要なこととは?

高木 いちサラリーマンの考えですが、選手がどれだけ努力できるか、そしてその努力が正しいかに尽きると思います。日本のトップ集団である実業団に、正しい努力をしている選手にどれだけいるのか、神野とかに話を聞くと、すごく少ないと。基礎的な部分にプラスで強くなるためにやれることをやらないと日本人のメダル獲得の確率は上がらないですよね。

基礎的な部分というのは、怪我をしないためのケアです。箱根に向けてあと数か月という頃に、久しぶりに中野さんに寮に来ていただいたことがあったんですが、1年間で最もケガ人が多い時期でした。そこで中野さんが「アイシングしている人?」「寝る前にストレッチしている人?」と6つくらい質問していったら、全部やっていたのが5,6人しかおらず、「それすらできてないなら、僕はみない」と中野さんがおっしゃったんです。「自分でできることをせず、見てもらうのは違う。それで、箱根駅伝で優勝できると思っているのか」と。オリンピックでは、怪我をしないための基礎的な部分以外にも、選手自身がやらなきゃいけない幅がもっと広いですよね。

中野 僕は、ストレッチをちゃんとやる、アイシングをする、ちゃんとしたトレーニングをするといった基礎的なことを青学で教えているわけですけど、そもそもこれを大学でやっていることが間違い。本来なら、高校で教わっているべきことです。高校生で基礎が完了していれば、大学4年間をフルに他のトレーニングに費やせ、結果オリンピックも2,3回狙えるようになる。ところが、大学で教わっていればまだマシな方で、青学出身の実業団選手に話を聞くと、周りは誰もアイシングしない、ストレッチもしてない状況も多いようです。高校生が大学に入って箱根を走りたいと目標を掲げるのはすごくいい。でも、正しいトレーニングやケアの教育を受けずに箱根を走っても、その後のランナーとしての人生はそう長くはありません。だから、「箱根で走った選手は勝てない」と言われてしまう。オリンピックでのメダル獲得は、高校、大学、実業団の連携が不可欠だと思いますね。

高木聖也
青山学院大学4年生当時、陸上競技部の主務として、チーム改革に取り組む。15年の箱根駅伝大会にて初優勝に導いた立役者のひとり。現在は、勤務するメガバングで競争部を立ち上げたり、adidas Runners of Tokyoのキャプテンを務めたり、ランニングコミュニティを繋ぐ活動を行っている。