2017.02.16 - 17:24

現役続行を支えるトレーニング論 伊達公子

(写真 松本昇大 / 文 倉石綾子)

テニスプレーヤーの伊達公子さんにとって、2016年は激動の年となった。1月に開催されたオーストラリアオープン予選に、左膝半月板の故障を抱えて出場。膝に溜まった水を抜き、ステロイド注射を受けながら挑んだものの、試合後に半月板断裂を診断される。競技生活27年目にして現役続行か否かの瀬戸際に立たされた伊達さんは、これからのアスリートとしての人生を見つめ直し、内視鏡手術を受けるという大きな決断を下した。それから約1年、再手術と長期にわたる地道なリハビリを重ね、ついにコートに立つまでに回復したのだ。

「先日、久々に外を走ったんですが、やっぱり気持ち盛り上がりますね。現在はリハビリからトレーニングに移行していて、よりテニスの動きに近い、ステップ系の運動を取りいれたメニューを行っています。それを違和感なくできるようになれれば、コートでボールを打つ動きもスムーズになるはず。」

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ツアーに戻るため、本格的なトレーニングを開始したという伊達さん。現在はファンクショナルトレーニングを中心とした内容だ。身体や筋肉を効率良く使うための機能的なトレーニングは、実戦を見据えてのもの。どんなに身体が疲弊していても、精神的に余裕がなくなっても、無心の状態でいい動きができるよう、そのフィーリングを身体に叩き込む。日々の繰り返しだけがそれを叶えてくれる。

「私たちが行っているトレーニングは、すべてテニスあってのもの。『トレーニグのためのトレーニング』で終わってしまったら何の意味もない。だから一つ一つの動きを実戦で活かせるよう、何を鍛えてどう使えばいいのか、常に意識してトレーニングを行っています」

積み重ねたトレーニングは、やがて精神的な支柱となる。

トレーニングとは試合で最上のパフォーマンスを引き出すために行うもの。それではトレーニングや練習で培ったものを100%、試合に生かすためには何が必要なのだろう。伊達さんによれば、それも日々のトレーニングなのだという。

「テニスは孤独なスポーツと言いますが、実戦では技術的にもメンタル的にも辛く苦しい状況になることが多いんです。試合で優位に立てることって少ないですから。その時に何が自分を鼓舞してくれるかというと、『そこに至るまでに自分は何をやってきたのか』、なんです。やってきたことの積み重ねが自信になって、苦しい時の精神的な支柱になってくれる。だからきついトレーニングでも、いまここを耐え抜くことができれば、この経験はもっとタフな状況に陥った時に自分を奮い立たせてくれるはずだ。そんな風に思うようにしています」

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そうして取り組んでいるトレーニングだが、長いキャリアの中ではそれを取り巻く環境はもちろん、考え方、向き合い方も大きく変化している。

「ファーストキャリアの90年代当時は『ファンクショナル』という言葉自体もなかったですし、マシンを使って重いウェイトをガンガン上げる、なんてトレーニング方法がまかり通っていました。それに比べると、ただ筋肉を酷使するよりも回復を入れる方がより筋力をアップさせられるとか、効率のいい科学的なメソッドが確立されてきていて、トレーニングを取り巻く環境は飛躍的に良くなっていると思います。実際、いまの私の年齢で現役を続けられるというのは、機能的なトレーニングに取り組めているからじゃないでしょうか。これまではテニスという競技において、40歳を超えて現役を続けることはものすごく困難なことでした。それを可能にしているのは、やり続けるという本人の強い意思や努力に加えて、栄養面、トレーニング面などでサポートしてくれる方達の存在なのかな。

そしてもちろん、トレーニングに対する自分の意識も変わってきています。例えば、20代の選手と同じメニューを与えられても、こなせる量も発揮できるパフォーマンスも異なりますよね。でもいまの私は、どう取り組んだらそのメニューがより機能的・効率的になるかを瞬時に理解できる。それは長年の経験があるからなんです」

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 トレーニングウェアは機能性を第一に、形、素材を重視して選ぶ。「テニス、走る、トレーニングする。そのどのシチュエーションにおいても動きを妨げない、動きやすい、それがいちばん大事なポイント。トップス、ショーツ、タイツの組み合わせが動きやすくて、普段からこんな感じのウェアを選んでいます」 着用アイテム(ジャケット):アディダス M4T トレーニング カモ柄マルチジャケット/¥7,990 ※詳細はこちら

よりよく動くための、意識的な休養。

日々のコンディションで心がけているのはごくシンプルなことがらだ。それはズバリ、「休ませること」。年齢的なこともあり、トレーニングで叶えられることは限られてくる。いくらトレーニングを積んでも筋肉量を20%アップさせる、なんてことはほとんど不可能だ。とすれば、現状のコンディションで最大限にパフォーマンスを発揮させる方法を考えなくてはならない。その答えが「休養」だ。

「いまの私にとっていちばん難しいのが、回復させること。年齢によって回復力は確実に衰えますから。だからこそ、睡眠をしっかりとるとか、追い込むときと休養するときのバランスをうまく保つとか、積極的に休ませることが必要なんです。経験もあるしやりたいという気持ちもあって、ついついやり過ぎてしまう傾向にあるんですが、その気持ちを抑えてきちんと休ませることがいいバランスを保つ秘訣なのかな。だから試合と試合の合間もマッサージを受けたりスパに行ったり、100%の時間を回復やリラクゼーションに当てています。それでもまだ足りないくらい」

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「少しずつダイナミックに動けるようになってきて、トレーニングに向き合えること自体にワクワクしています」という伊達さん。世界を転戦するせわしない日々も、もうじき現実のものとなりそうだ。
「今年の目標はツアーに戻れる身体を作ること。1年ぶりにコートに戻ってきたので、まずは練習時間をコンスタントに増やして、少しでも早くツアーに出られたらいいですね」

早ければ春頃には、コートを駆け回る伊達さんの姿を目にすることができそうだ。

 

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伊達公子(だて・きみこ)
1970年9月28日生まれ、京都府出身。所属・エステティックTBC。小学校1年生時からテニスを始める。1988年兵庫の園田学園高等学校3年時に全国高校総合体育大会(インターハイ)でシングルス・ダブルス・団体で3冠。1989年卒業と同時にプロテニスプレーヤーに転向。1990年全豪でグランドスラム初のベスト16入り。1993年全米オープンベスト8入り。1994年NSWオープン(シドニ-)で海外ツアー初優勝後、日本人選手として初めてWTA世界ランキングトップ10入り(ランキング9位)を果たす。1995年WTAランキング4位に。1996年有明コロシアムでのフェド杯では当時世界1位だったシュテフィー・グラフを撃破。ウィンブルドンではシュテフィ-・グラフと決勝進出をかけて闘うも日没延長。2日間かけての闘いの末、グランドスラム決勝ならず。1996年11月年度末チャンピオンシップス・チェイス選手権で当時16歳だったマルチナ・ヒンギス戦を最後に引退。1994年~1996年の引退までTop10を維持。(引退時ランキング9位)。

2008年4月プロテニスプレーヤーとして「新たなる挑戦」を宣言。復帰初年度に全日本選手権 シングルス・ダブルス制覇。その後、世界ツアーへ挑戦の場を移し、2009年にはWTAツアーハンソルオープン(韓国)にて優勝。