2016.12.25 - 22:00

自転車で五大陸を巡った8年半、15万5000キロの旅の軌跡。 小口良平

(写真 古谷勝 / 文 倉石綾子)

 2007年、一人の青年が世界一周を夢見て、愛車・SURLY Long Haul Trackerを携えて日本を後にした。小口良平さん36歳、自転車冒険家。8年半に及んだ旅ではオーストラリア、東南アジア、東アジア、ヨーロッパ大陸、アラスカからパタゴニアまでの南北アメリカ大陸、そしてイスラム過激派の影響が色濃い、エボラ出血熱が蔓延する西アフリカも含めて、実に157か国を巡った。凱旋帰国した小口さんが、15万5000kmの旅路を振り返る。

自信を持ちたくて、自転車と旅に出た。

「自信がなくて、自己嫌悪の塊で。そんな自分が嫌で、ありきたりではない、何か自分にしかできないことに挑戦してみたかった。それがこのチャレンジの理由でした」
きっかけになったのは大学卒業直後のチベット旅行だという。そこで出会った人々の、あまりに自然体で素朴な暮らしが自分のそれとかけ離れていることに衝撃を受けた。感動覚めやらぬうちにタイ、カンボジア、ネパールと東南アジアを旅して新たな価値観を見いだすうち、これまで出会ったことのない人々と自分なりのスタイルでコミュニケーションを深めたいという思いを強くする。
「世界一周といってもありきたりの方法ではつまらない。それに、誰かと出会う、交流を図ることを目的にすると、自転車のスピードがちょうどよかったんです。だから当初から旅をするなら自転車しかないって決めていました」

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 まずはサラリーマンになり、4年をかけて渡航資金を作った。2007年から翌年にかけて日本一周及び台湾一周を敢行、2009年から世界を目指した。オーストラリア、ニュージーランド、東南アジア、東アジア、そして中央ヨーロッパ、東ヨーロッパからアフリカへ。東回りで喜望峰に到達すると再びヨーロッパに渡り、西ヨーロッパを巡った後にモロッコからナミビアへ、アフリカを西回りに。その後、北米大陸に渡り西海岸を南米までを踏破した後、東海岸を北上する。そしてこの秋、ついにニューヨークでゴール。その時、自転車に積んでいたのは野営装備一式と本とコーヒー道具、カメラとパソコン、GPSに食料と水で、トータルウェイトはおよ90キロ。これが小口さんの全財産だ。
「危険なこともあったでしょ?と言われるんですが、むしろ愛車が僕を助けてくれた。自転車だったから助けてもらえた、見逃してもらったという場面が何度もあったんです。自転車が僕のお守りでした」

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 8年半を費やしたとはいえ、のんびりできる日はほとんどんなかった。「ゴール前、最後の滞在国となるアメリカへの入国にあたってはビザの発券に1ヶ月もかかった」と言うように、道中は常にビザとの戦いだったからだ。
「ビザを取得できている期間内で走破するためのスケジューリングが日々の課題なんです。日中は電気をなるべく節約したいから、太陽のタイミングに合わせて行動します。夏は4時くらいに起き出して夜明けと同時に出発し、夕暮れまでひたすらペダルを漕ぐ。それでも走行距離はせいぜい150kmくらい。7時に夕食を作って9時には就寝。気の良さそうな人に声をかけ、その人の家の敷地にテントを張らせてもらい、自炊しながら次の集落までの距離を計算してルートファインディング。毎日がそれの繰り返し」

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最高の出会いを生み出す、魔法の3ワード。

価値観もライフスタイルも全く異なる国を自転車で巡っていれば、様々なアクシデントに見舞われる。デング熱にも、チフスにも、マラリアにもかかった。交通事故に遭い、前歯を3本折ったこともある。強盗にも追い剥ぎにも遭遇した。エチオピア、タンザニア、ケニアの国境付近では持っていたGPSが全く役に立たず、砂上のかすかな轍だけを頼りに約千キロを走った。
 それでも帰国したいま、頭をよぎるのは楽しい思い出ばかりだ。語学は堪能ではなかったけれど、たった3語、「こんにちは」「ありがとう」「おいしい」からなる自分流のコミュニケーションメソッドで最高の思い出を紡ぐことができた。
「『こんにちは』で相手の警戒心を解き、『ありがとう』で興味を持ってもらい、『おいしい』で相手の文化へのリスペクトを感じてもらう。そうすると一気に仲良くなれるんです。だからイモムシもタガメでもなんでも、出てきたものはペロリといただき、最高の笑顔で『うまい!』と言う。あとはボディランゲージだけでどうにでもなるもんです」
 

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 コミュニケーションの力は絶大だ。テントを張ろうとすれば、『うちの庭に張ればいい』と招き入れてもらい、西アフリカの通称“賄賂街道”でも賄賂を払わず通行できたばかりか、「せっかく来たならおいしいものでも食べろ」と役人がお金を恵んでくれたことも。忘れ難いのは、カンボジアでのできごとだ。
「その日は現金を下ろすことができなくて一文無しだったんです。路頭に迷う寸前でたまたま出会ったのが、地元の親切な警察官でした。彼は自宅の食卓に招いてくれた上、『当面必要だろう』と10ドルという大金をそっと渡してくれたんです。確かにアクシデント続きの旅でしたけれど、トラブルに見舞われると必ず誰か、助けてくれる人が現れる。一期一会ともいうべき出会いがこの旅のいちばんの収穫だったんですが、トラブルなしにはそういうチャンスには巡り合えませんでした」

自分を謙虚にしてくれた出会いに感謝して。

「旅を通して実感できた自分の成長は、度胸と自信がついたこと、そして何よりも謙虚になったこと。日本では『待つ』ということがなかなかできなくて、ついつい自分のペースを貫きたくなります。けれど世界に出てみたら相手のペースを受け入れるしかないんですね。待つ、受け入れるというのは相手を尊重することで、そうした時間を持つことが必要なんだって気づくことができました」 

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写真提供:小口良平

 こうして世界各地で10,000人以上に出会い、2000人の人々と素敵な思い出を作った。途中、恋もした。彼女とは数ヶ月間、自転車旅を共にすることもできた。「旅のよすがに」と持参した無地のサイクリングジャージは、再会を願う各国の友人たちのサイン で埋め尽くされている。こんなジャージがあと50枚もあるのだとか。

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「8年半という旅を振り返ってみると、助けてくれた人たちへの感謝の念しかない。彼らがいなかったら到底、夢を達成することはできなかった。こうして無事に帰国したいま、今度は僕が彼らに恩返しをする番だって考えています」
 というわけで、帰国した小口さんはすでに次の夢へ向けて新たな一歩を踏み出している。次のステップは、この旅で出会った世界中の人たちを迎えるカフェ&ゲストハウスを地元の長野で開くこと。水がなければ花が枯れてしまうように、感謝の気持ちがなかったら人間の心も腐ってしまう。彼らへの感謝を表す場所を持つことで、この気持ちや経験を多くの人につなげたいと考えている。

「大切なのは夢や目的を持つこと、それを口に出して行動に移すこと。不思議なもので、たとえ荒唐無稽な夢であっても真剣に発信していれば自分の道筋が見えてくるし、同じ思いを共有する人たちが集まってくるんです。それが夢を達成するための第一歩なんじゃないかな」

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小口良平(おぐち・りょうへい)
1980年長野県生まれ。大学時代に自転車での世界一周旅を思い立ち、卒業後、東京の建設会社に勤めながら4年をかけて資金を蓄える。2007年、日本一周旅を皮切りに本格的な自転車旅をスタート。今秋、世界一周の旅を終えて無事、帰国を果たした。現在は旅の経験や思い出を語る講演会やトークショーを精力的に行っている。8年半の旅でのパンク回数は110回、交換したタイヤは20本、チェーン交換は28本。