2016.10.20 - 00:06

“生きててよかった” という感覚を大切に
プロロングボーダー 瀬筒雄太・良子

(写真 松本昇大 / 文 久恒杏菜)

 千葉県いすみ市・太東海岸から歩いて5分、築40年の古民家で営まれているサーフショップ・カフェ『YR(ワイアール)』。店名は、店主であるプロロングボーダーの瀬筒雄太・良子(通称 ryobay)夫妻それぞれの頭文字だ。素朴な温かみに包まれるこの場所には、ローカルサーファーや波を求めて訪れる各地からのサーファー、そしてご近所の人々が集う。

鎌倉をベースに活動していた雄太さんは2014年、太東へ移住。Ryobayさんが営んでいたお店を改装して、夫婦二人三脚での新しい生活をスタートさせた。穏やかに流れる時間を求めて辿り着いたこの地で描くふたりのビジョンとは。

第二の故郷に戻ってきてつかんだ無理をしないリズム

 若干14歳でプロロングボーダーの資格を取得した瀬筒雄太さん、現在は27歳。中学卒業後、地元福岡からここ太東にベースを移し、6年間、国内外のコンテストを転戦するも20歳で日本のツアーを退き、鎌倉へ。若くしてコンテストに精力的にエントリーしなくなったのは、自身が歩んでいる道に違和感を覚えたからだった。

「競い合ってトロフィーを持って、わーってやるのが、あんまりフィットしなかったんです。もちろん目標となる存在は必要だと思うんですけど、そういう対象って自分以外にもたくさんいるなあって。それで、まずはプロサーファーとしてではない社会経験を積むために鎌倉のサーフショップで店長として働いて、また太東に戻ってきました。それが、2年前です。ここ、太東は第二の故郷ですね。」(雄太さん)

 

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 中学卒業から21歳までの太東での暮しは、「波が良くても悪くてもひたすらサーフィンしかしない」生活だった。コンペティターとしてではない暮しを選択してこの地に戻ってきてみると、同じ海を前にしても暮しの変化を感じているという。

「一回鎌倉で仕事をしてみたりとか、ここに比べると比較的波のないところで暮らしてみて、3年ぶりに戻ってきて感じるのは、生活にメリハリがつくようになったこと。たとえば、波があっても陸での仕事を優先したりだとか、自分でコントロールするようになったと思います。常に心掛けてることは、あんまり無理をしないこと。仕事もそうですけど、1日8時間働かなきゃいけないとか、僕はわりかしそういうのが苦手で、自分の湧き出てくる感覚を大切にしたい。サーフィンもいくら波がよくても人が多いときとか、ちょっと今日はいいかなーって思ったらやめるようにしたり、こだわらずにやってます。何かに追われて時間が削られていくっていうのはすごく勿体ないって思うんです。」(雄太さん)

 

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日本を代表するふたりのプロロングボーダーの経験と愛情がつまった『YR』

 2015年、Ryobayさんとの結婚を機に太東に腰を据える決意をしたのは、ふたりが目指す暮しの輪郭がはっきりと見えてきたからだった。2009年よりRyobayさんが経営していたサーフショップ『RA-surf/SuperPrettyCozyShopR』をリニューアルして、昨年『YR』としてオープン。プロサーファーであるふたりの価値観をもって、愛情のある空間を育てている。

「お互いがプロサーファーとしてやってきて吸収したことを、ダイレクトに還元したい、貢献したいという思いが一致していたので、Ryobayが築き上げてきたベースに僕の色を加えてふたりの色にしていこうって決めました。YRのコンセプトは、言葉にするとちょっと恥ずかしいけど“昔の駄菓子屋さんみたいな愛情のある空間”。 いらっしゃいませじゃなくて、おかえりって言われるみたいな。Ryobayも僕も物を売りたいっていう気持ちはあんまりないんです。僕ら自身が楽しんでダイレクトに渡せるモノ、その内側にあるコミュニケーションを大切にしていきたい。」(雄太さん)

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  ダイレクトに渡せるモノとは、雄太さんからは“サーフィンの技術”であり、Ryobayさんからは“自然の温かみのある食”。サーファーとしてのキャリアを積むなかで、自分らしさを追求した結果だった。「食べることも作ることも好きだった」というRyobayさんは、海外のサーフタウンを巡り、オーガニックな食事をごく自然に取り入れる現地の食文化に魅了された。

「海外にいくと、サーフタウンのなかには大体オーガニックカフェがあるんですよ。1ドル2ドル周りに比べたら高いけど、しっかりとしたエネルギーになるものだと思います。別にお洒落とかそういう感覚じゃなくて、そこには、サーファーだけじゃなくて、地元のおじいちゃんおばあちゃんも当たり前のように訪れる。町のみんなの暮しのルーティンとして、自然食を取り入れている感覚がすごく良かった。そういう理想の環境を、近い範囲で作りあげていきたいと思ったんです。」(Ryobayさん)

 

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「食べることは生きること」。その想いと本質的に向き合うことで生まれた答え。

 そんななかで出会ったある人の言葉が、Ryobayさんを今のライフスタイルへと導いた。

「ある食のプロフェッショナルの方から“自分が食べて排出するものは地球に戻って、それがまた自分に戻ってくる”という理念を学びました。その出会いをきっかけに、さらに食にフォーカスするようになりました。でも、これが絶対! って押し付けるつもりはまったくなくて、楽しみながら、愛を感じて生きたいっていうのが一番大切にしていることです。」(Ryobayさん)

 

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 その想いを込めて、YRのフードはスタートした。気取らずに安心して食べられる、無農薬・無化学肥料栽培された千葉県長生郡一宮町の『さいのね畑』から仕入れた食材を使った、季節ごとのメニューで多くの人を温かい気持ちにさせてくれた。しかし、好評だったフードが今年、YRから消えていた。それは、「食べることは生きること」だというRyobayさんにとって、大きな葛藤の末の決断だった。

「お陰様でとても好評頂いていたフードでしたが、その裏では、どうしても残ってしまう調理済み惣菜の廃棄というものがあります。大切に育てている野菜などを捨てなくてはいけない現実。私には、受け入れられなかったんです。このボール一杯の野菜で明日生きれる子達がいるかもしれないのに、なんでこれを捨ててまで商売にしてるんだろうっていう思いが強く、精神的健康を保てなくなっていました。休養して、自分と向き合ってみて気づいたことは、自分の意識やエネルギーがあまりにも外に向き過ぎていたこと。自分のこと、雄太のこと、特に自分自身の事を大切にしていなかった。だから、フードはいったんお休みして、私達が気持ちよく自分達を大切に生きていくことに、まずはしっかりと意識を傾けようと、前にも増して確実なものができました。」(Ryobay)

 休養を経て自分自身と向き合った結果Ryobayさんは、予約制のお弁当対応としてフードを再開。その矢先に、ふたりは新しい命を授かった。現在は、ドリンクスタンドとサーフショップの営業をメインに、母になる妻を雄太さんがサポートしながら、無理のないリズムでお店を開けている。

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“生きててよかった”その声に耳を傾ける

 「提供する側とされる側のコミュニケートを大切にしたい」と、インタビューのなかで雄太さんは何度も口にしていた。その信念は、ここで提供されるすべてのモノ・コトに共通している。プロダクトも、ドリンクひとつをとっても、そして、サーフスクールも。雄太さんが「ずっとやりたかった」というサーフスクールでは、少人数制で中上級者向けに独自のスタイルを伝授している。しばしば“スタイリッシュ”と形容される彼のサーフィンに憧れる生徒ももちろん多い。

「こうやればスタイリッシュっていうのはないんです。僕は一度も自分をスタイリッシュって言ったことはないし(笑)、そういうこと気にしないで楽しんでくれたら一番だと思ってます。楽しんで上達するなかで、重要なのはそれぞれの引き出しです。一つの引き出しを磨くもよし、たくさんの引き出しを作る人もいますし、そこは自由です。どうしたら、楽しめるかを追求するお手伝いができたらと思っています。」(雄太さん)

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 念願だったサーフスクールの実現、新たな生活に手応えを感じながらも、「現在進行形でありたい」という雄太さん。今年7月湘南で行われた国内外トップクラスのロングボーダーによる招待イベント『LONGBOARD STYLE JAM』では見事優勝を果たした。まさに、いま、グッドウェーブに乗っているのだ。

「自分たちが無理なく楽しんでいく生活に周りの人たちがコミットしてくれたらいいな、と思っています。自分が好きなものとか、生きててよかったって思う瞬間ってきっとそのときどきにあると思うんで、それに従ったらこういう環境になったんです。その、“生きててよかった”という感覚は、日常生活でも、サーフィンにおいても、つねに大切にしていきたい。昨日と明日は全然違う。それを柔軟に崩さないようにはしてますね。」(雄太さん)

 

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  • 瀬筒雄太(せづつ・ゆうた)

    父親の影響で10歳からサーフィンを始め、その半年後に本格的にロングボードへハマる。それからプロを目指し14歳の時にJPSA公認プロロングボーダーの資格を得る。中学校卒業後、単身で千葉・太東へ移住し国内外のプロコンテストを転戦。19歳でJPSAロングボードツアーランキング自身最高位6位を獲得した翌年、サーフィンに対する価値観が変わりコンテストの一線から退く。その後はサーフィン誌のトリップ取材や写真・映像の作品出演を中心とし、自身自らの執筆活動やインタビュー取材など多種にわたり活動を行うほか、Joel Tudorが主催するDuct Tape Invitational(世界各国から16人のみ招待される世界最高峰のロングボードイベント)にも唯一日本人として招待され海外からも注目されている。

    Sponsors:TUDOR SURFBOARDS/AIDENTYFY WETSUITS/MAGIC NUMBER/GRAVIS FOOTWEAR/STAY COVERED

  • 瀬筒良子(せづつ・りょうこ)

    両親の影響で幼い頃から海へ通い15歳でロングボードを始め23歳でNSA全日本アマチュアタイトルを獲得。同年オーストラリア・ヌーサで行われたコンテストでも優勝し、翌年24歳でJPSA初代レディースプロロングボーダーとなる。27歳のときに地元太東で行われたASP世界戦でプロ初優勝したことを機にコンテストの一線から退く。 その後は自由奔放なキャラクターと優雅なライディングスタイルで注目を集め、世界中へトリップに出てサーフィン誌や女性誌などのメディアを中心とした活動を行う。一方で高校生のときに調理師免許を取得し、アマチュアサーファー時代には様々なレストランや食にまつわる仕事場で多くの経験を積む。その後はプロサーファー活動と並行し自身の前ショップではペストリーメニューやコーヒー・スムージーを提供するほか、都内をふくめた関東近郊で展示会やパーティーなどでのフードケータリング業も行う。今もサーフトリップで行った先々の食文化や食べる事の大切さも学びながら、現在は素材本来の形・味・美しさなどを追い求めオーガニック/地産地消といった食文化に関心を寄せ、自らの中で蓄積してきた食への想いを調理と接客で表現している。

    Sponsors:CHRISTENSON SURFBOARDS/AIDENTIFY WETSUITS/CAPTAINFIN.CO/KPS SWIMSUITS