(文 中島英摩 / 協力 MAGMA

『奥三河パワートレイル』のチャレンジを終えたPRプランナーの中島英摩さんが、次なる目標として掲げたのは、今年の夏のビッグレース「UTMB」です。(過去の記事はこちらから)走行距離約100mile(170km)、累積標高約10,000m、制限時間46時間30分、3日間に及ぶタフな旅を2回に渡ってレポートします。

8月19日、レース一週間前。仕事を慌ただしく片づけて日本を発ちました。宿は街の中心のアパルトマン。レース前の食事は、主に街のスーパーで買ったものと日本から持ってきたもので自炊生活。あまり過敏にならずバランスよく、肉や魚も食べ、特に野菜と果物をたっぷり摂り、レースの際に欠かせない相棒であるMAGMAは、環境の変化による下痢は避けようと、胃腸の調子を整えるためにレース1ヶ月前から毎日飲み続けました。また、旅先では意識していないと野菜の量が減りがちなので、現地では朝昼晩の1日3回飲みました。そのせいか、食べなれない食事でも、腸の調子は上々です。

現地に着いて2~3日は朝晩の冷え込みが厳しく、数パターンで準備をしてきたものの、レース装備にかなり惑わされました。どんな天候にも対応できるようにレース2日前からみるみる暑くなり、ちょうど2日前に行われるTDS部門では標高1000mで38度、熱中症の選手が続出。皆ゴールするなり口々に「暑い」「ヤバイ」を連呼するという状況に。しかし、天気予報は『降水確率80%、所によって雷雨』。天気予報の画面を見ながら動悸の止まらない前夜を過ごしました。

スタートは18時。3日間走り倒すこととなる長い旅の始まり

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これでもかというくらいに睡眠を取って1時間前にはスタートゲートへ。徐々に街中からゲートの方向へ吸い寄せられるように人々が集まり、広場は戦士達でギュウギュウ“すし詰め”状態。比較的リラックスして向かったはずが、雄叫びを上げる人、笛を吹きならす人、そわそわ落ち着きのない人など、周りの興奮に巻き込まれて手汗が止まらないほどの緊張状態になりました。

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だって、人生初の100mileで、世界中から来たトレイルランナーに囲まれているのだから!あまりの盛り上がりにスタートの合図が聞こえないまま大群がゾロゾロと動きだし、巨大なお祭りのような観衆の間を牛歩で進み、レースはスタートしました。

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おおよそ集団の真ん中あたりからスタートし、街の渋滞が解消した途端周囲がどんどん走り出します。ゆるいアップダウンとはいえ、走り通し。ちらほら見かけるザックに日本国旗のワッペンを付けている選手と前後しながら遅いなりに必死に走ります。
まだ100マイルの経験が浅く、自分の走りのコントロールもままならない私のレース戦略は「行けるところまで、抑えない」ということでした。UTMB経験者は口を揃えて、Courmayeur(クールマイユール/79km)までの関門が厳しいと言います。這ってでもゴールする、そう心に決めた以上何があっても前進するのだけれど、関門で強制的に終わってしまったら進みようがない。それだけは絶対に避けたい。どんどん走る周りの流れに身を任せつつ、苦手な林道やゆるい登りも積極的に走りました。

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想像以上にスタートから暑さが厳しい。わずか8kmで500mlのボトル1本半を消費しました。片方のボトルにはショッツのパウダーを2本溶かして基本的にはそちらを飲み、さっぱりしたい時やジェル補給の後はもう1本の麦茶。脱水症状で足が攣ったり、さらにそこから肉離れが再発しないようにと日照時間には1時間で最低でも500mlの水分補給を心がけました。

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夕暮れのなか、早々に足が攣って転がる選手がいるなかで、1つめのエイドSaint Gervais(サン・ジェルヴェ/21km地点)に予定よりも少し早く到着し、レースは快調に運べているように思えました。

もうひとつの作戦は、エイドも含めてできるだけ停滞せずに動き続けること。スピードが遅いため休んでいる暇がそもそもないのですが、サポートがなくひとりで走るわたしはエイドに長居する意味はなく、気持ちを切らさないためでもあります。体の大きな欧米人をかきわけて水をすばやく補給し、エイドは5~10分くらいにまとめてすぐに出る。

そしてまた登りが早いヨーロッパ系の選手の流れに身を任せて……と、ここで問題が発生。他国の選手の多くはエイドでゆっくり休んでたっぷり補給するスタイル。エイドがコンパクトな私は、エイドを出る度に思った以上に自分の実力よりも早いペースのゾーンに身を置いてしまい、とにかく登りが速く苦しかったのです。手足の長い彼らのパワーウォークは小柄な私の2歩も3歩も先を行き、しかも行動中はほとんど止まって補給することがない。「これが世界の100マイラ―の走力なのか……?」と思いながら、呼吸も心拍も整わないような状態で前後みっちり詰まった行列に必死に食らいついて登っているとあっという間にハンガーノックになりました。

ピーク手前で手足の痺れに気付いた時には力が入らず朦朧としていて、慌てて補給をし、もつれる足で歩きながら復活を待つ。15分~30分ほどして下りに差し掛かった頃に徐々にエネルギーが湧いてきて、取り返すように走る。2時間に1本定期的に摂ると決めていたMAGMAの補給もままならず、摂り損ねた分をエイドで固形物と一緒に流し込んでは出発しました。効率が悪い走り方だと十二分にわかっていたけれど、わたしの“マイ・ペース”では間に合わない。それに、後半で上げていくようなスマートさなども持ち合わせていない。ちょっと格好悪いけれど、わたしにできることはがむしゃらに走ること。そうして1日目の夜を3回も4回もハンガーノックになっては復活を繰り返し進みました。

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スタートから寝ずに2日目へ突入。全体の半分がリタイアとなる過酷な暑さとの戦い

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夜が明ける頃に差し掛かったCol de la Seigne(セーニュ峠/59km地点)に登ってから一度下り、眼下に雲海が広がるCol des Pyramides Calcaires(コル・デ・ピラミッド・カルケール/62km地点)へ登り返し。そして、そこからLac Combalエイド(コンバル湖/65.8km地点)への下り。多くのUTMB選手が難関だったと言う近年にコース変更となり距離が伸びた部分です。岩が大きいので土が見えず岩だけを渡って通る場所も多い。岩稜に慣れていないとてこずる場所で、雪渓もあり、選手達はスリップしたり踏み抜いたりしている。岩の下りはルートがわかりにくく、もたもたしている選手も多く、アルプス登山で慣れているわたしにとってはなかなか抜けずにもどかしい状態が続きました。読みよりもずいぶん時間がかかってコンバル湖に着き、急いで登った前半最後の山、標高2409mのArete du Mont Favre(アレ・デュ・モン・ファーブル/70km地点)に2日目の朝9:28に到着しました。

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ドロップバッグのある巨大エイド、クールマイユールの関門は13時15分。関門の2時間前にはエイドを出たい。大丈夫、余裕がある! なんて一筋縄にいくわけがない。そこまでの下りは8~9km。かっ飛ばして走ればずいぶん早く着くだろうという目論見は甘く、木の根や捉えにくい路面のシングルトラックでとにかく前の選手が遅いのです。周りが疲れてきたのか、自分のいるゾーンが後退してきたのか、とにかく序盤とは比べものにならないくらい周りの選手の下りのスピードが遅くもたつき、そうこうしているうちにどんどん気温が上昇し始め、暑さのなかでいつまでたっても終わりの見えないダラダラ行列に巻き込まれ、1時間半もかかって到着しました。

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クールマイユールでは仲間のサポートがある人は1階のフロア、サポートのない人は2階のフロアと振り分けられます。目標は30分。30分で着替え、食事、荷物の入れ替え、現状報告を済ませよう。これまでもロングレースのいくつかはサポートなしで参加していたため、きっとうまくやれるだろうと思っていたのですが、ここでも思い通りに事は進まず、なぜか荷物を出したり入れたり……。やることリストなるものを紙に書き出していたのにそれすら手に取ることを忘れ、たいして補給もしないうちに時間は刻一刻と過ぎ、いつの間にか1時間。美味しいパスタも味わうことなくコーラで流し込み、着替えもせずに、SUUNTOの充電用コードや大事な取材道具のGOPROバッテリーまで忘れたまま出発しました。

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ここまでは思い通りとは言えないもののトラブルを対処しつつ、かろうじて予定通りに進んでいました。最大の問題はこの後に待ち構えていました。クールマイユールで固形物やMAGMAなどサプリメント系も補給をして、パワー充填したことで急速に元気になり、一気に後半の登りを開始。登りきった84kmからのRefuge Bertone(ベルトーネ尾根)は走りやすく、ここで少しでも稼いでおこうと気持ちの良い景色に見惚れながら走りました。

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しかし、標高2000m近くまで上げているのに気温は高くなるばかり。体感ではいよいよ体温を越える38度~40度かというくらいまで上昇し、文字通り焼けるような日差しが容赦なく肌を焦がし、真っ赤になった首や腕がヒリヒリするのです。これはヤバイ、そう思っても日陰はなく、エイドやウォーターステーションの度にザブザブと水を頭からかぶっても火照りが取れない。こんなにも体は熱いのに次第に寒気がして体が震えてシェルを着こんでは、また冷や汗交じりの汗をかいて、暑くなって脱ぐ。完全に熱のある状態です。

体の火照りで胃のなかのものが込み上げてくるような吐き気が始まったのはスタートしてから21時間後となる2日目15時頃。これまで順調だった補給が途端に取れなくなりました。かろうじてMAGMAを溶かした水と麦茶だけを飲み、なんどか茂みでしゃがみ込みながらArnouvaエイド(アルヌーバ/97km地点)に到着。本当ならば大好物のチーズやサラミ、バケットがエイドに並んでいるけれど、何一つ食べられる気がしない。気持ち悪い。今何かを入れると絶対に吐いてしまう。吐けば体力も気力も奪われる。胃の強さが取り柄だったのに、初めての経験にどうすれば良いのか困りながらも、結局何も手をつけずに水分だけを補給して出発しました。

100kmを乗り越え、失神寸前の状態に
「もっとも辛かった場所は?」と質問されて、咄嗟に答えた場所が、ちょうど100kmに達する山、Grand col Ferret(グラン・コル・フェレ/100km地点)でした。横長の高低図の中のほんの小さな登りだけれど、とにかく長かった。カツッカツッとストックでリズムよく音を立てながら大股で登る調子のいい男性がいて、その人の後ろにぴったりくっついてリズムを合わせて黙々と登る作戦に出ました。いまにも吐きそうなわたしは、それを我慢することにだけ集中したくて、彼のリズムに合わせて体は機械仕掛けのように淡々と動かし続けました。最初はおそらく調子良くスピードハイクをしていたけれど、途中からはほとんど朦朧としていて記憶がなく、「大丈夫? 起きて! 温かいウエアを着なさい! ドクターが必要?」とスタッフに肩を叩いて起こされてハッとしたところで、自分がグラン・コル・フェレ山頂に着いて倒れるように横になっていたのだと気付きました。

時計を見ると19:00。前半でたくさん作ったはずの貯金をずいぶん切り崩し、起き上がるにも体に力が入らない。寒くてガタガタ震え、慌てて着こんで高低図を見ると次のエイドまでは9km強。制限時間は3時間半後。下り基調とは言えアップダウンがあり、ボリュームゾーンでトレイルは混み合っている状態。1km20分以上かかっているような今のヨロヨロ歩きでは関門に間に合ってもトイレや補給をする時間がない。なによりそのあとにまだ大きな山が3つもあるのにここで関門ギリギリになると……一気に完走が厳しくなってきていることにゾッとしました。のんびりしている選手達に山頂のスタッフが仕切りに早く行けと呼び掛けていているけれど、皆疲れ切っていてあまり動じていない。なぜか地図やタイム表を持たない選手も多く、まだ余裕だろうという空気感さえあるのです。いやだ、わたしはこんなところで関門アウトなんかになるわけにいかない!

それまで前半は肉離れの怪我が再発しないようにと気を遣って下っていたけれどもうそんなことを気にしている余裕もなく、下りの傾斜の勢いにまかせて転がり落ちるように走り出しました。さっきまで気を失うようにぶっ倒れていて、もうこのままダメなんじゃないかと思っていて、胃の中だってすっかり空っぽなのに、なぜだかわたしは今、全力で走っている。限界なんて自分の気持ちが勝手に決める適当なものさしでしかないのかもしれない。そう思うと諦めかけていた自分が情けなくなり、もっと自分を信じようと強く心に誓いました。ドーン! ドーン! という大きな音がモンブランの方から聞こえていて、「今日はえらく氷河の崩落が多いな、この暑さならまぁそうだよなぁ」なんて思いつつ、轟音のする方向へと一心不乱に走り続けました。

完走まで残り70km弱となったレース後半戦。果たして完走できるのか? その全貌は、次回の記事で締めくくります。お楽しみに!

「中島英摩さんの挑戦を支えた自然素材サプリMAGMA」
MAGMA
ATHLETE BARLEY

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”抹茶のような味のMAGMAだけは気持ち悪くても飲み続けられた”
”日射病にはなったけれど、一度も脚が攣らなかった”
”むくみ以外は怪我なく脚の痛みも全くない”
など、今回のレースでも大きな役割を果たしてくれたMAGMA。
700名を超えるランナーとプロトレイルランナーの石川弘樹さんの協力のもと開発された香料・甘味料・保存料・酸味料・着色料などを使用しない100%自然素材のスポーツサプリは、運動前後はもちろん、日々の身体のコンディショニングとして飲むのもオススメ。
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