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(文 根津貴央 / 写真 松田正臣・佐々木拓史)

世界で最初の国立公園として名高いイエローストーン国立公園を走り終えた僕たちは、別れを惜しみつつグランドティトン国立公園へとクルマを走らせた。

車窓からはティトン山脈の雄大かつ峻険な山並みが一望できる。いよいよ来たか・・・僕たちは覚悟にも似た思いを抱いていた。というのも、この山脈の最高峰であるグランドティトン(標高4,197m)をはじめとした山々はイエローストーンと対照的でいかつい山容。そのエリアのトレイルを走るということは、山に挑むという要素を少なからず含んでいるからだ。

『RUN&CAMP』グランドティトン編、初日はルピン・メドウズ・トレイルヘッド(Lupine Meadows Trailhead)から始まるトレイルへ。ここは数kmも歩けばキャンプサイトや湖があるため、お手軽で人気のコース。家族連れのハイカーで賑わっていた。この日は休息日も兼ねていたので1時間ほどゆるく走って終了。クライマックスである明日のトレイル(約30㎞)に備えることにした。

明るい時間にシグナルマウンテン・ロッジ(Signal Mountain Lodge)のキャンプサイトに入る。のんびりビールを飲みながら、ティトン山脈と茜色に染まっていく空を眺める。石川さんが得意のリゾットを作る。焚き火を囲みながらこの旅について語り合う。あっという間に夜が更けていった。

▼YELLOWSTONE & GRAND TETON SPECIAL MOVIE

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いざティトン山脈へ(カスケード・キャニオン・トレイル)

走らずにはいられなかった。眼前には屹立するグランドティトン。足元は乾いた白い土で覆われたトレイル。スタート直後の絶景はたやすく僕たちの身も心も飲み込んだ。いつもであれば序盤は雑談しながらゆるく走るのだが、この日ばかりは無心で走りつづけた。

しばらくすると左側の空間がパッと開け、大きな湖が現れた。ジェニーレイク(Jenny Lake)である。降り注ぐ太陽の光、きらめく湖面、そして湖から吹いてくる柔らかな風。僕たちはさらにスピードを上げた。我に返ったのは、樹林帯に差しかかったあたりだった。

「出だしからすごい景色だったね。山岳エリアに来た!って感じがしたし、この自然のコントラストがアメリカらしいよね」と石川さん。

このトレイルをひたすら進んでいけば、グランドティトンの山頂に辿り着いてしまうのではないか?そんな錯覚におそわれるくらいの光景だったが、トレイルは右側にそれて麓の渓谷へと入っていく。この日、僕たちは3つのトレイルをつなげて約30㎞のループコースを走る計画だった。その最初のトレイルがカスケード・キャニオン・トレイル(Cascade Canyon Trail)。その名の通り峡谷を貫く道である。

樹林帯に入るとグランドティトンは姿を消した。ただ、樹林の密度は高くなく、梢の間隔も広いため、陰鬱とした感じは一切ない。青空も見えるし、道沿いには川も流れている。調和のとれた癒しのトレイルという印象である。しかも勾配も緩やか。そのためか、カップルや親子のハイカーとも度々出くわした。

「みんな持ってるよね」とハイカーを見て少し驚いたように言ったのは石川さんだった。何を持っていたのかというと、ベアスプレーである。それも二人でひとつではなく、一人ひとつ。バックパックも背負わず、水すら携行していないような人さえも、もれなくベアスプレーだけは手に携えているのである。

日本人である僕たちからすると見慣れない光景なのだが、これがこっちの普通なのだ。ようやく僕たちも緊張感を持ちはじめた。というのも、イエローストーンでは出る出ると言われながらも、ついぞクマを見ることはなかっただけに気が緩んでいたのだ。先頭を走るペアスプレー担当の石川さんは、あらためてベアスプレーの使い方をおさらいしたのだった。

魅惑の天空オアシス(レイク・ソリチュード・トレイル)

腕時計の高度計を見る。標高は2,500mだった。そんな気がしなかった。辺りを見ても、低山に囲まれているくらいにしか思っていなかった。でも、よくよく考えるとその山々は3,000mを超えていたのだ。

ここは2つ目のトレイル、レイク・ソリチュード・トレイル(Lake Solitude Trail)。その名の通り、ソリチュード湖へとつづく道である。開放感満点で、かつなだらかで走りやすい。登り基調なのだが、それを感じさせないトレイルで、ふと気づいたら標高2,500mに到達していたのである。

何の気なしに後ろを振り返る。驚きすぎて言葉がでなかった。なんと、あのグランドティトンがいたのである。しかも、スタート直後とはまったく異なる印象。当初は、遠くにそびえ立つ目指すべき山という感じだったが、今はもう僕たちが山の懐に抱かれている。グランドティトンの手中にあると言えばいいだろうか。僕たちの一挙手一投足を見られている感じがした。でも嫌ではなかった。むしろグランドティトンに見守られながら走ることを楽しんでいた。

ソリチュード湖に着いたのは、ちょうど正午くらい。標高は2,754m。風は冷たく、近くには所々に残雪も見受けられた。湖畔にはハイカーもちらほらいて、みんなランチを楽しんでいるようだった。「今日はどこまで行くの?」とハイカーに石川さんが尋ねると「ここから上がろうと思っていて、行けるところまで行ってみるんだ」とのこと。

なぜこんな質問をしたのかというと、実は僕たちは、ソリチュード湖から引き返すという選択肢を持っていたからだ。

前日の休息日のことである。このループコースの状況を調べるべく、僕たちはビジターセンターを訪れていた。レンジャーに話を聞くと「ソリチュード湖の先?キミたちはアイスクライミングできるの?アイスアックス持ってる?アイゼン持ってる?」と矢継ぎ早に質問されたのである。湖の先はまだ残雪があり、かつ急峻なエリアでもあるため、しかるべき技術と装備が必要だと言うのだ。

でも、前に進むというハイカーもいるし、湖畔から見る限り、雪はなさそうだ。結果、僕たちも行けるところまで行ってみることにした。

トレイルはこれまでとは一変。砂礫と岩が中心で砂漠地帯のよう。先行していたハイカーの集団を追い越し、僕たちはグングン進んだ。峠らしき部分まで登りきって振り返ると、ソリチュード湖の全貌が明らかに。見渡す限りの絶景だった。果たしてどこまで進めるのだろうか?それは誰にもわからなかった。

立ちはだかる分水嶺(ペイントブラッシュ・キャニオン・トレイル)

ついにここまで来た。標高3,261m。このループコースの最高地点、ペイントブラッシュ・ディバイド(Paintbrush Divide)へと辿り着いた。「行けるところまで行こう!って言って来た甲斐があったよね」と石川さん。

ここから3つ目のトレイル、ペイントブラッシュ・キャニオン・トレイル(Paintbrush Canyon Trail)のはじまりである。

最高地点まで来ればもう安心、と思いきや、そうではなかった。南斜面から分水嶺を越えて北斜面に入ったため、進行方向の山々には想像以上に多くの残雪があったのである。しきりに装備の話をしていたレンジャーのことを思い出した。そして下りはじめてすぐに、前方のトレイルが雪に覆われていた。距離にして20mほどだろうか。

雪さえなければなんてことはない。断崖絶壁に作られたトレイルではあったものの、道自体は平らで幅も充分だった。しかし、雪があった。しかもトレイル上だけに残っているのではなく急斜面全体を覆っていたのである。

「ここまでか・・・」と一瞬思ったが、手前まで来てみると雪上にはトレースがついていた。僕たちより先に渡った人がいたのである。これを頼りに進めば越えられるはずだ。斜面の下方を覗くと、すぐ下にテラス状のエリアもあった。万が一滑落したとしても命を落とすことはない。
「とりあえず、オレが行くよ」と石川さん。トレースを踏み抜く可能性もあったため、一歩一歩慎重に歩みを進める。

石川さんが無事に渡り終え、佐々木さん(グレゴリーのプレス担当)、筆者がつづく。緊張がはしる。これまでどんな時も笑顔だった3人も、さすがにこわばった表情をしている。思ったより時間はかかったものの、なんとか無事に通過。僕たちは互いに顔を見合わせた。安堵感と達成感でいっぱいだった。

石川さんは言う。「いつにない緊張感があってハラハラしたけど、チャレンジして本当に良かった。ここに来なかったら、この景色は見れなかったし。この岩峰と残雪のバランスがアメリカらしいよね」

あとはスタート地点まで一気に下るだけである。僕たちはギアを一段、いや二段あげて駆け下りた。所々トレイルが雪で埋もれていたが、難なくクリアー。終盤だというのに、3人とも疲れを見せることなく走りつづけた。それぞれ、走る楽しさを改めて実感していたのではないだろうか。正しくは「自然の中を駆け巡る楽しさ」だろうか。野生のクマを恐れていた人間社会で生きる僕たちが、野性を取り戻した気がした。

グランドティトンの最終日は自由行動。それぞれ思い思いの一日を過ごしたのだが、石川さんが選んだのはトレイルランニングだった。さすがである。行き先は、グラナイト・キャニオン(Granite Canyon)とデス・キャニオン(Death Canyon)を組み合わせた約41㎞のループコース。
「傾斜がゆるやかで本当に走りやすいトレイルでした。おかげで、登りも含めてずっと走りっぱなし。名前がデス(死)っていうくらいだから少しビビっていたんですが、恐れるようなところはぜんぜんなかったです(笑)。サイコーでした」と石川さん。走り終えたあと、彼の表情には「やりきった感」がにじみ出ていた。それが疲労感によるものではなく、達成感によるものであることは明らかだった。

『RUN&CAMP』が、こんなに楽しいとは思っていなかった。もちろん気心の知れた仲間と一緒ということも一因ではあるだろう。でも、これが観光旅行だったらこれほどの充実感と高揚感が味わえただろうか。大自然をフィールドに、ひたすら走って食べて語って泊まって・・・という日々。ただのトレイルランでも、ただのキャンプでもない。贅沢すぎる極上の“旅”だった。

最後に、石川さんはこう振り返った。
「この『RUN&CAMP』というスタイルは、理想の遊び方、理想の旅だなと思いました。山を満喫できることはもちろん、すべての行為がとにかく楽しい。アメリカにはアメリカの良さがあり、日本には日本の良さがあることもわかったので、今後、よりさまざまな場所に足を運んでみたいと思っています。この記事をご覧のみなさんも、ぜひ『RUN&CAMP』にトライしてみてください」

9月下旬先行発売予定 グレゴリー ルーファス8
石川弘樹さんがトレイルランニングパックに求める全ての機能を盛り込み、シグニチャーモデルとして開発が進められてきたグレゴリーのルーファス。Run & Camp でも共に旅を続けてきた製品がついに発売される。9月下旬から先行発売となり、取扱店など詳しい情報は以下のサイトで確認できる。

http://www.gregory.jp/news/rufous

男性モデルは2色展開。女性モデルの発売はもう少し先になる予定だという。

  • men
  • 【グレゴリー ルーファス8】 8L 460g ¥15,000+税 ブラック/レッド
  • 【グレゴリー ルーファス8】 8L 460g ¥15,000+税 ネイビー/オレンジ
    石川弘樹シグネチャーカラー(インナーにサインタグ入り)