2015.12.07 - 22:00

“どこから山なのか” 百名山ひと筆書きで出会った山の本質 田中陽希

(写真 阿部健 / 文 村岡俊也)

 山と山の間を歩き、麓から山頂まですべての過程を体験する旅を続けることで、アドベンチャーレーサー田中陽希は、まるで修行僧のように、思考をシンプルにそぎ落としていった。昨年、百名山をひと筆書きで踏破し、今年は二百名山にチャレンジしている旅の途中。白馬にて、今、どんなことを考えながら山へ登り、道を歩いているのか。旅の間に体に蓄積された言葉を少し吐き出してもらった。

 国土地理院が定める、名前の付けられた山は、日本に1万3000〜4000峰あると言われています。その中で、深田久弥さんがかつて自分の登ったことのある山から100座を選んだのが、百名山。百名山と言われると、どうしても日本のベスト100座、そう思ってしまうけれど、深田久弥さんの真意はそうじゃない。他の人たちにも、たくさんいろんな山に登って、自分なりの百名山を作って欲しい、そう考えていたようなんです。僕自身も、百名山の分かりやすさに惹かれて登り始めました。でも、今年になって二百名山をスタートしてようやく分かったんですが、二百名山が百名山に劣るかといえば、決してそんなことはない。輝ける瞬間に登っていれば、二百名山の一座が人生で最高の山になるかもしれないし、百名山でも土砂降りだったら苦い記憶として刻まれてしまう。

 自然はただそのままあって、僕らが何かのタイミングで、良し悪しをつけてしまう。厳しかったり、楽だったり、所詮は人間のわがままなんだと思うんです。

山のそのままを受け止める、すべては人間の心の動き次第。

 本当は展望があるはずなのに僕が登ったタイミングで、たまたまガスっていることもある。僕の旅では、晴れている日を狙うために待つわけにはいかないんですね。もしかしたら、その山に登るのは、人生で一度きりかもしれない。その時に、山が見せてくれた表情を自分がどう受け取るのかっていうことが大切で、寒いから、あるいは雨が降っているからって悪いことばかりを考えるのではなく、そういう時にしか見ることのできない山の表情を見つめればいいんです。暴風雨でも視界が悪くても、足元にはキレイに咲いている花があるはずなんです。ガスっているときは、雫のおかげで、晴れているとき以上にキレイに見えるかもしれない。僕は苔がすごく好きで、雨の日の苔を楽しみにしているんです。

 埼玉の和名倉山の山頂は、シラビソが茂っていたり、いわゆる眺望が開けた山頂っていう雰囲気ではないんですね。山頂がすべてと思っている人は、そこで「あの山はつまらない」と評価をしてしまう。でも、手つかずの原生林が残っていたり、それこそ僕が登ったときには、苔の世界が素晴らしかった。人生で一度きりになるかもしれない山には、少し見方を変えるだけで、いろいろな楽しみ方がある。

山に登る度に感謝するのは、また山に登ることのできる喜び。

 山といえば、てっぺんからの景色に注目してしまいますよね。僕ももちろんそうですが、でも、山は山頂だけではないんです。旅をしながらひと筆書きで山に登っていたおかげで、麓や裾野も山なんだということに気づくことができたんです。餓鬼岳を登ったときに、今まで緑だった水田が、秋になって初めて金色に染まった水田を見ることができたんです。山の木々の紅葉だけじゃなく、麓の変化もとても美しいものです。それも、山に登っているから見ることのできた景色です。

 こうして旅を続けながら登っていると、山から人里へと降りてきたときに、本来、自分が暮らすべき場所に戻ってきたなっていう感覚なんです。いつも山に登る度に、これから行く場所は自分たちの世界じゃない、別世界だと思っています。日本は山岳信仰がどの山にも必ずあって、朽ちてしまっていようとも、どんな山にも必ず祠があるというお話を伺ったことがあります。山に登る度、僕は必ず手を合わせるようにしています。そういう気持ちで接しないと、山に絶対はないですから。登山道がどうだとか、体調が悪いことを天気のせいにしたりとか、いつものように歩けないことを自分以外の要因を求めてしまってはいけないと思うんです。だからこそ、敬意を払って、登らせてもらう。

 下山して帰ってきたときに、また次の山に登る機会がもらえたって思うんです。山から無事に帰ってこられたことが励みになるし、自然に助けられて、旅を続けることができているんです。自然のタイミングに、どう自分をフィットさせることができるか。どう自分が自然からパワーをもらって山を登るのか。そのスタンスさえ惑わなければ、どんなに困難なことでも、活路はあるなって思っているんです。

田中陽希(たなか ようき)
1983年生まれ。大学卒業後、アドベンチャーレースと出会い、冒険の世界へ。2009年には世界スキーオリエンテーリング選手権大会日本代表に。国内唯一のプロアドベンチャーレースチーム〈EASTWIND〉のメンバーとして、パタゴニアエクスペディションレースに2010年〜2013年まで出場。
 2014年には屋久島から利尻島まで、「日本百名山ひと筆書き」の旅を208日で達成。2015年、「二百名山ひと筆書き」に挑戦中。