2015.09.03 - 17:00

安間佐千×香川真司 ゾーンへはひとりで入れない

(写真 MOTOKO / 文 村松亮 / 協力 adidas outdoor

アディダストップアスリート対談企画のSachi meets Kazu(安間佐千×國母和宏)、そして先日公開したSachi meets Shun(安間佐千×中村俊輔)に続いて、第三弾となる安間さんの対談相手は、フットボーラーの香川真司さん。

現在はブンデスリーガのボルシア・ドルトムントに所属し、現・日本代表の10番を背負っている。フットボールとクライミング、全く異なるスポーツながら10代の頃から世界を相手に戦ってきた同世代にして、初対面。そんなふたりの対話は、メンタリティの話から、最後はゾーンの入り方へと拡がりをみせた。

“いかに良い準備をして試合に挑むか。それこそが何よりも重要なこと(香川)”

ーーおふたりは“メンタル”という言葉をどう捉えていますか?

安間  僕は、過去に一度、メンタルを転換したというか、方向転換させたときがあったんです。2012年と13年にワールドカップのリード種目で年間総合優勝を立て続けにすることができて、でもそれまでの2010年、2011年は地獄のようだった。その目標に向かってずっと頑張っていて、常に2位か3位くらいをずっと取り続けていたんですけど、1位にはなれないという時期が長かったんです。がむしゃらにやり続けた結果、2011年の秋にバーンアウトしてしまった。それで、メンタルを変えたんです。優勝することが自分の人生の唯一の出口みたいな感覚だったんですけど、それに耐えられない自分がいたので、練習量も減らして、コンペのための屋内ウォールのトレーニングから離れて、外岩へ足を運ぶようになったんです。優勝ってものから遠ざかるようになってから、きっと自分自身の感覚に耳を傾けていかないとダメだって思いはじめたんでしょうね。不思議と、どんどん自分が発揮されてきて、固かった登りが柔らかく、緊張からも解き放たれて、いい感じになった。その翌年からリード種目の総合を連覇したんですけど、ほとんど無自覚で、連覇できた理由は今でも分からないんです。

ーーでは、香川さんの“メンタル”というと、どうですか? 

香川  そうですね。メンタル、正直いうと、何をメンタルと呼ぶか分からないですよね。でも、PKを失敗したアジアカップ2015やグループ敗退となったワールドカップブラジル大会、マンチェスター・ユナイテッド時代もそうですけど、ここ1~2年で良い結果を出せていない状況があるのは確かで。そこがメンタルにつながるのか、あくまで結果論ですから。ただし、試合に勝つ上でその試合に入り込むために準備をすべきことがどれだけ大事なのか。そのことをすごく肌で感じてますね。自分が調子の良いときは、試合に入り込んでいて、無駄なことを何も考えずに無心にプレイができているんです。選手として、その状況を生み出す作業がやっぱり一番大事なのかなと思いますね。

安間  それって、いかに集中して試合に挑めるかってことですけど、サッカーとなると、11人でやるスポーツじゃないですか。チームで戦うスポーツなので、いかに香川さんだけが良い準備をしても、それだけでは足りてないんですかね。僕の場合は、個人種目なので、自分の中で集中力を高めていい準備ができたら、きっとベストな状態で試合に迎えると思うんです。

香川  そこはほんとに難しいんですよ。とくにドルトムントに帰ってきた今シーズン、昨シーズンはチームとしてうまくいかず、良い結果を残せていない。どうやったら結果が出るのか、日々考えていますけど、間違いなく言えるのは個人でだけ良い準備ができてもチームは変わらない。サッカーはひとりでやるスポーツではないので、仲間の力も必要。だからこそ仲間から良い影響を受けるときもあれば、そうでないこともありますから。みなでチームをひとつにするっていうことがいかに難しいかを痛感していますね。

安間  今思ったんですけど、たしかにクライミングは個人競技なんですけど、僕個人のことを考えると、多くの人との関わりがあって、家族とか友達とか、そういう人たちから影響はすごく受けますし、たとえば試合前に家で問題があったりすれば、雑念が多い状態でメンタルは乱されますよね。結局、チーム全体で、自分を取り巻く環境全体で良くないと、きっとゾーンみたいものにも入りにくいですよね。

“個人競技であったとしても、ひとりでゾーンに入ることはできない(安間)”

ーー“良い準備”って話がありましたけど、おふたりはどこからどこまでが準備だと捉えていますか? 前日夜、または直前のロッカールーム? 先ほどの安間さんの話を聞くと、もしかしたら1週間前とか、もっと前だったり、それぞれ考え方が違うのかもしれないなと。

香川  確かにそれは気になりますね。たとえば、安間さんの試合って、年間どのくらいの頻度で行ってるんですか?

安間  国際試合となると、クライミングの場合ワールドカップが年間7、8戦あるんです。それで各国を転戦していくのがメインで、プラス2年に1度、世界選手権があります。あとは国内の選考大会とかもあるんですけど、そんなに試合自体は多くないんです。

香川  つまり、練習の時間の方が圧倒的に長いんですか?

安間  長いですね。

香川  試合と試合の間隔が開くときとかってすごく難しそうですね。

安間  それはありますね。そもそもクライミングは、常に試合があるって状況がないので、その中で戦っていくことが大前提ですね。もし試合がもっとあったとしたら、多くのクライマーがさらなるレベルに到達するかもしれないですよね。

香川  僕らはシーズンインすると、3日1試合というサイクルなので、試合が終わったらなるべく次の試合にすぐ切り替えていくように心掛けています。ただやっぱり、試合で結果が出ないときは、何が悪かったんだろうって考えてしまい、引きずることもあります。けっこう僕は引きずるタイプなので、そこの切り替えはいつも難しいなーって感じていますね。安間さんは、もし試合でパフォーマンスが発揮できなかったとき、それこそ2~3週間空く可能性もあるわけですよね、次の試合へ向けてどんな準備をするんですか?

安間  準備というか、前の試合で出た課題を克服するように努力はしていくんですけど、なんかこう、今香川さんと対談させてもらいながら、僕はサッカー向いてないなーと思うんですね(笑)。とくにここ数年は、ワールドカップへ参戦を少なくして、自然の岩での活動を積極的にやっているんですけど、そうなると、もっと大きなまとまりの中で、長いサイクルの中で一つの結果に向かっている自分がいるんですね。それでももちろん、どんなアスリートでも目標というものはあるで、何か挑むわけです。たとえば、大きな課題を控えた前日やワールドカップ決勝の前日だったとして、集中していながら何かパッと自分の中の悪い感覚に気づいてしまったとしますよね。すごく落ちるのが怖いなとか、落ちたらきっと誰かが自分のこと笑うな、とか。そういうことに気がついてしまったときは、僕はとことん、そこを追求するんです。自分の中で、その後の結果が良くなろうが、悪くなろうが、それに気づけたことの方が大きくなる。そこで乗り越えることができたらもう2度と同じことを感じることもないですから。だからそれが準備であり、何かの目標に向かっていろんなことを感じながら、考えながら生活していくこと。きっとこの方法は何かを着実にクリアしていくんだろうけど、もしかすると本来の目的は、勝利ではないのかもしれませんね。きっと僕がサッカーのチームにいたら、みんなの足を引っ張るシーンも出てきちゃうかもしれませんよ。自分のメンタルっていうか、リズムっていうか(笑)。

香川  それこそ落ちたら怖いなとか、笑われたらとか考えてしまうと、うまくいかないものですよね。やっぱり試合はそれこそ、無心っていったら変ですけど、何も考えない状態こそベストですか?

安間  考えたら、全然ダメですね。むしろ、淀みのない、スッキリとした状態で、常に何かをこう察知できる。だからすごい自信もあって、若干のバランスの乱れとかなら感じることさえない状態。でも、僕は大会などコンペティションでゾーンに入るのはすごく苦手でほとんどないんです。

香川  なかなか入れないですよね。ゾーンって。体感したこと、ほとんどないんですけど、究極の集中力と、すべてに自信が持てて、勢いがある。すべてがうまくマッチしてるときに出るのかなって思いつつも、それがね、分からないですよね。

安間  ゾーンって、サッカーでいうとすごくわかりやすいですけど、自分一人だけがうまくいってても、きっと入れない。仲間や家族、周りの人との関係が良くて、全体として同じ方向に向かっている、そういう流れがあると自然とくるんじゃないかなって。これはどんなスポーツでも、どんなアスリートでも。

香川  ほんとにそうですね。思えば僕は、海外移籍の最初の2年はドルトムントですべてがうまくいったというか、何をやるにも結果がついてきましたし、リーグ優勝も経験できた。それでマンチェスターを経由して、またドルトムントに戻ってきた。あの頃のチームやホームスタジアムの雰囲気、そういった良いイメージが昨シーズンは体感できなかった。なんでもっとできたのに、なんでできないんだって葛藤はあります。今シーズン、スタートがほんとに大事だなって思ってます。もともとポテンシャルのある選手はいっぱいいるので、新監督のもとでチームとして確固たる自信を得て、シーズンに入りたいなって思ってます。

  • 安間佐千(あんま・さち)
    1989年9月23日生まれ、栃木県出身。12歳の時、山岳文化に精通する父の勧めでクライミングと出会う。わずか1年でジュニアオリンピックのユースB(16歳未満)で3位入賞や日本選手権3連覇など才能を開花。ワールドカップでは2012年の初戦、日本人男子として12年ぶりに優勝し、この年のワールドランキング1位、そして念願のリード種目の年間優勝を飾る。さらに続く2013年も年間優勝を達成し、前年に続いて2年連続のチャンピオンとなる。自然の岩場でも数々の高難度を制し、2011年には“Pachamama”(5.15a)第2登、2014年には“Realization”(5.15a)第11登、そして、2015年2月には自身初となる5.15bのルート“Fight or Flight”を第4登する。
  • 香川真司(かがわ・しんじ)
    1989年、兵庫県神戸市で生まれ、小学5年生の時に神戸NKサッカークラブに入団。2001年からFCみやぎバルセロナジュニアユースに所属する。2006年、高校卒業前にJリーグのセレッソ大阪と契約し、同チームに2010年まで在籍。2010年、ブンデスリーガ ボルシア・ドルトムントと契約し、2012年まで同クラブに所属。在籍中、2011-12のシーズンではクラブ史上初となる国内2冠獲得に貢献した。2012年にプレミアリーグ マンチェスター・ユナイテッドFCに移籍。移籍年に、チーム2年ぶりとなるリーグ優勝に貢献した。2014年、ブラジルW杯に日本代表として出場。同年、古巣ボルシア・ドルトムントへ復帰。