2015.09.10 - 22:00

石川弘樹 FASTPACKING♯04 大雪山 Grand Traverse

(文 根津貴央 / 写真 松田正臣・佐々木拓史)

石川弘樹さんと行くFASTPACKINGも、ついに最終回を迎えることになった。ラストを飾るのは『大雪山』。北海道中央部に連なる火山群であり、登山者に人気の縦走コース。原生林が広がり、原始の姿が今もなお残る日本のウィルダネスである。

石川さんはこう語る。
「このエリアは真冬の旭岳しか登ったことがなく、旭岳から連なるトムラウシ山、十勝岳といった名だたる山々を、ずっと前から走破してみたかったんです。大自然のスケールの大きさからしても、この企画の最後にふさわしいだろうと思っていましたし。ただ、遭難事故も多発している山域なので、緊張感を持って臨みました」

『ミニマルな装備にしながらもいかに楽しく快適に過ごせるか』。それがファストパッキングにおける石川さんのモットーだけに、無理はしない。石川さん、グレゴリー・プレス担当の佐々木さん、ライターの根津(筆者)の一行は、防寒着も含め万全の装備を持って大雪山へと向かった。

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火山ならではの特異な山容に圧倒される(DAY1/標準コースタイム:19時間10分)
屋久島、大峰奥駆道、飯豊連峰と過去3回のファストパッキングでもそうだったが、ほとんどの場合、旅の序盤は急登である。山に入るのだから当たり前と言えば当たり前。でも、大雪山は、そうではなかった。

旭岳登山口をスタートした僕たちがまず目指したのは旭岳(標高2,291m)。北海道最高峰ということもあり、当然ながら急登を覚悟していた。しかし、登りは思いのほかゆるやかで一向に斜度は上がらない。登山客の多くはロープウェイを利用するため人もいない。ひっそりと静まり返った登山道を気持ちよく歩いていると、急に視界が開け、大きな池と荒々しい山容の山が現れた。姿見ノ池と旭岳である。斜面からは噴煙がもくもくと立ちのぼり、その様と旭岳の姿がくっきりと水面に映しだされている。

湿地を抜け、旭岳へとつづく火山礫の登山道を進んでいく。山頂を越えると走るには絶好のシチュエーションが広がっていた。

「こんなにラクに絶景が見られるなんて!」と僕たちは驚いた。絶景は苦労のあとのご褒美。これまではそれが常だっただけに、なんだか申し訳ない気持ちになる。旭岳へとつづく火山礫の登山道を登り、いざ山頂へ。そこは360度の大パノラマ。遥か彼方に見えるはトムラウシ山。「今日中にあそこに行っちゃうんだ」と石川さん。ワクワク感半分、もったいないという気持ち半分、といったところだろうか。

一気に駆け下りていくと、左手に御鉢平が見えてくる。ここは、今から約3万年前に大爆発で頂上付近が吹き飛ばされてカルデラができたそうだ。火山ならではの地形や雪渓、高山植物に目を奪われながら、僕たちは軽快に走りつづける。日本ではないどこかに来ているかのような気さえした。最初の小屋である白雲岳避難小屋に着くと、近くの沢で水を補給し、しばらく休憩をとった。前方に見えるのは長く大きな稜線。いつもはもっと休みたいと思うのだが、なぜか先を急ぎたくなる。

ここからの大自然がまた凄かった。標高1,700〜1,800mあたりに広がる溶岩台地の高根ヶ原は広大で、天空に浮かぶ秘境のよう。景観を楽しみながら走り、忠別岳(標高1,963m)、化雲岳(標高1,954.5m)を越える。ここからは高原植物が咲き乱れ、まさに『神遊びの庭』と称されるにふさわしい幻想的な世界だった。

緑の木々と白い雪渓の美しいコントラストを堪能しながら、白雲岳避難小屋へ。高根ヶ原周辺には、沼も点在していた。

トムラウシ山に挑むか否か
ヒサゴ沼分岐を過ぎてコル(鞍部)に辿り着く。腕時計を見ると、時刻は16時。ヒサゴ沼避難小屋に泊まるか、それともトムラウシ山を越えた所にあるテント場まで行くか、3人で話し合う。

「すでに30㎞オーバーだし、ここで泊まってもいいんじゃない?」
「天気予報だと明日から天気が崩れる恐れがある。トムラウシは越えておいたほうがいいだろう」
「でも、ここからもうひと頑張りして、誰かケガでもしたら・・・」
今日、明日の天候、それぞれの体力、次のテント場までの行程など、さまざまなファクターを俎上にのせて議論する。結果、前進するという結論に至った。3人とも体力は充分残っている。精神面も問題なく判断力も鈍っていない。3日間の行程を考えた際に、天候が安定しているうちに先に進むことも安全策のひとつであり、リスクヘッジになると考えたのだ。

日本庭園と呼ばれる自然が生み出した美しい景観を堪能し、巨岩がひしめくロックガーデンを手足を使いながら慎重に越えていく。途中「キィッ、キィッ、キィッ」というナキウサギの声も聞こえたが、その姿を探すも目にすることはできなかった。

そしてついに岩に覆われたトムラウシ山(標高2,141m)が現れる。その、いかつい姿は僕たちを緊張感で包み込んだ。一方で妖艶さもあわせ持っていて、登る者を惑わすようなその独特な佇まい、空気感が、怖くもあった。遭難事故も多いエリアだけに、僕たちは改めて気を引き締めて登る。

日本庭園、ロックガーデンを過ぎて、トムラウシ山の麓にある北沼へ。岩場の登りが始まる。

岩には所々目印としてペンキが塗られているので、それが頼りになる。しかしガスっていたため視界は悪い。思うように前進できなかったが、焦って道を間違えることがあってはならない。はやる気持ちを抑えつつ、冷静になるように自分に言い聞かせる。そしてやっとの思いで山頂に到達したものの、濃霧により視界はゼロ。ただ、しばらくすると風でガスが流され、一瞬だけではあったが視界が開けた。南西方向に広がる岩稜を目にした僕たちは、この山域の険しさと美しさに再び驚かされた。風が強く体感温度も下がってきたので、長居することなく南沼キャンプ指定地へと下山。テント場に着いたのは、18時過ぎだった。僕たち3人は、お互いを労い、一様に安堵の表情を浮かべた。

ようやく辿り着いたトムラウシ山の山頂は濃霧で覆われていた。下山を始めるとほどなくして南沼キャンプ指定地が眼前に現れる。

動物との出会い、そしていざ十勝岳へ(DAY2/標準コースタイム:18時間40分)
天候が安定していたこともありテント場はほとんど無風で、僕たちは充分な睡眠をとって朝を迎えた。出発の準備をしていると、年配の登山者に声をかけられた。話をすると彼は僕たちとは反対方向から歩いてきてこのテント場に泊まったとのこと。トレイルの状況を聞くと、藪が多く道も荒れているので注意したほうがいいとアドバイスを受けた。

準備を済ませて5時に出発。僕たちは十勝岳オプタテシケ山縦走コースを慎重に歩きはじめた。朝から濃霧が立ち込めていたため視界は良くない。稜線は前日と打って変わって細く、ハイマツなどの低木が生い茂り、同じ山域とは思えないような景色が広がっていた。「急にヒグマが現れたらどうしよう・・・」という不安もあり、熊鈴をつけてはいたものの、なるべく会話をしながら進んでいく。

不安はもうひとつあった。水である。2日目の行程は、水場がとても少ない。しかも、あったとしても8月に涸れてしまう所も少なくない。僕たちが水をくもうとしていたのは、双子池キャンプ地近くの水場である。着いた時には水場らしきものは見当たらなかったが、歩き回って探していると小さな沢があった。流量が少なかったため、コップを用いながら時間をかけて2リットルほど補給。浄水器も使用した。北海道の水にはエキノコックスという寄生虫がいる恐れがあり、浄水が欠かせないのだ。

十勝岳オプタテシケ山縦走コースは、木々が鬱蒼と茂り、ワイルドで緑豊かなトレイル。

ベベツ岳(標高1,860m)を登りきり、山頂で腰をおろす。あたりはガスに包まれていた。傍らには高山植物のチングルマの群生。僕たち以外に登山客はおらず、しんと静まり返っている。高山植物のユートピアとでも言おうか。この静寂の世界に人は似つかわしくない気がした。僕たちは言葉少なにその世界に浸っていた。その時、前方で何かが動いた。はじめは気のせいだと思ったが、次の瞬間、視界に飛び込んできたのはキタキツネだった。野生ゆえ、僕たちに気づいた途端逃げていくかと思いきや、怖れる素振りも見せず堂々と目の前を通り過ぎていく。しかも、僕たちを先導するかのごとく適度な距離を保って佇んでいる。そこからしばらく並走が始まった。実はこのキタキツネは神の使いで、秘密の場所に連れていってくれるんじゃないか・・・そんな思いにもかられたが、いつの間にかその姿は消えていた。

富士山のような形をした美瑛富士をトラバースし、美瑛岳(標高2,052m)を越えると、急に草木はなくなり、一面、火山礫だらけ。「おぉ、あれが十勝岳か!」と目の前にそびえる山を見て声を出したが、地図と照らし合わせてみると、どうやら鋸岳であるようだ。

鋸岳を巻いて十勝岳(標高2,077m)へとつづく道は、細かい火山礫に覆われていて歩きにくい。まるで砂浜のごとく足が取られるので、思ったように前に進まない。しかも急登。まったくスピードは上がらず、想像以上に体力を消耗した。

その後、西側に安政火口と呼ばれる大爆裂火口を見ながら稜線をひた走り、一気に今日の宿泊地である上ホロ避難小屋へ。時刻は17時過ぎ。朝5時過ぎのスタートから、休憩時間も含めて約12時間で辿り着いたことになる。周辺にヒグマがいるという話を先客の男性から聞いたこともあり、僕たちは少しばかりおじけづきながらテントを張った。結局クマは出なかったのだが、一方で僕たちを困らせたのは弱まる気配を見せない強風だった。耐えられないことはなかったのだが、万が一を考えて夜中に小屋に移動し、一夜を過ごすことにした。

高山植物が咲き乱れるトレイルを駆け抜けて十勝岳へ。一面が火山礫の火山らしい山域を突き進む。

上ホロ避難小屋のテント場。強風にさらされながら、各自テントを設営する。

吹きすさぶ風を抜けて温泉へ(DAY3/標準コースタイム:5時間40分)
風は、翌朝もおさまることはなかった。上ホロカメットク山(標高1,920m)付近の稜線は、凄まじい勢いで吹き荒れていた。まるで風に殴られつづけているような感じで、「すごい!」と驚くというよりは「怖い!」と叫びたくなるレベル。風上側に正対して、体を45度くらいに傾けても倒れないほどだった。

上富良野岳(標高1,893m)を過ぎると、ようやく風も弱まった。火山礫一辺倒だった山容も、緑が増えて色鮮やかに。3つのピークから成る三峰山(標高1,866m)は、地味ながらもその優しく控えめな佇まいが美しく、大雪山に欠かせない名脇役といった印象だった。

富良野岳分岐に着くと、そこに荷物をデポして富良野岳(標高1,912m)へと空身で向かう。身軽になった僕たちは、水を得た魚のようのに一気に走り出し、あっという間に登頂した。そして一気に駆け下りた。もうとにかく爽快だった。この時ばかりは、荷物を背負わないで走ることはなんて気持ちいいんだろうと思った。

山頂ピストンを終えた時点で、時刻は9時過ぎ。ゴールの十勝岳温泉まではコースタイムで2時間程度。天気も悪くないし余裕だなと思って、僕と佐々木さんは雑談しながらだらだらと歩いていた。のんびり行くことを意識していたわけではない。ただこの2日間、この険しい山域にずっと緊張感を強いられてきたこともあって、久々に味わう安堵感と開放感がそうさせたのである。そんなのんびりムードの二人を見かねた石川さんは「そんなんじゃファストパッキングじゃないぞ!(笑)」とピシャリ。まあ半分冗談なのだが、実は天気予報ではお昼頃から雨が降るとのこと。それもあって、僕たちはスピードを上げ、11時前に無事下山。登山口に隣接している十勝岳温泉凌雲閣で、ゆっくりと温泉に浸かり、3日間の疲れを癒した。

いまにも風で飛ばされてしまいそうな稜線を抜けて三峰山へ。下山道の途中にある安政火口は荒々しく、まるで別世界。

南は鹿児島から北は北海道まで、全4回にわたるファストパッキングを終えて、石川さんはこう語る。
「数カ月かけての企画だったので、この期間は本当に濃い時間でした。独りだったら心細いこともあったと思いますが、お互いを信頼し、意見交換をして、常にポジティブでいい関係性の中で安心して楽しむことができました。加えてメンバーと行くことで、それぞれの判断の違いや装備も含めた山の楽しみ方など、勉強になることが多かったです。

僕自身、こういった縦走コースをテント泊しながら一年に何回も国内を旅するのは初めてでした。職業はトレイルランナーですが、ランだけではなく歩くことも楽しみましたし、それによって、より自然を堪能できる旅になり、自分自身も想像以上に満足感と充実感が味わえました。アスリートという観点では軽装なトレイルランニングと違い、ファストパッキングとはいえども重量のあるバッグを背負い長時間山を進み続けることは、とても良いエクササイズにもなり、身体も鍛えられましたね。

今回のコースであれば、通常は2泊で踏破するなんてことはないでしょう。4泊か5泊、必要になるはずです。でも、歩きたくても休みが取れない人もいる。そんな人にとっては、ファストパッキングは遊びの幅を広げてくれる有効なスタイルだと思います。もちろん、山のスキルや体力、走力も必要になってくるので安易にオススメはできませんが、選択肢として考えてもいいんじゃないでしょうか。

僕も、まだまだいろんな山域に行ってみたいと思っているので、仕事、プライベートに関わらず、今後もファストパッキングはつづけていくつもりです」

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3日間の行程&詳細データ

DAY1:旭岳登山口→姿見ノ池→旭岳→北海岳→白雲岳避難小屋→忠別岳→五色岳→ヒサゴ沼分岐→トムラウシ山→南沼キャンプ指定地
※標準コースタイム:19時間10分
※実質行動時間:11時間18分(休憩時間を除いた行動時間)
※圧縮率:59%


DAY2:南沼キャンプ指定地→三川台→双子池キャンプ地→オプタテシケ山→ベベツ岳→美瑛岳→十勝岳→上ホロ避難小屋
※標準コースタイム:18時間40分
※実質行動時間:10時間9分(休憩時間を除いた行動時間)
※圧縮率:54%


DAY3:上ホロ避難小屋→上ホロカメットク山→三峰山→富良野岳→十勝岳温泉
※標準コースタイム:5時間40分
※実質行動時間:3時間17分(休憩時間を除いた行動時間)
※圧縮率:58%

※標準コースタイムは、山と高原地図(昭文社)に準じています。

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