(文 井上英樹(monkeyworks) / イラスト 大川久志 / 協力 alk phenix

人類はアフリカから南米を長い年月をかけて徒歩で拡散した。
私たちが日々している“歩く”ことには、実は大きな意味があります。
人類拡散の旅を10年もの歳月をかけ、
徒歩、自転車、カヤック、スキーなど人力で遡った医師・探検家の関野吉晴さん。
その旅は紀行番組『グレートジャーニー』で放映され
関野さんを通して、地球の大きさをあらためて知った人も多いでしょう。
人類拡散の旅を追体験した関野さんは
「歩くことは私たち人類にとっての最大の功績」と言います。
探検家・関野吉晴さんに歩くとはなにかを訊ねました。
 
速度を覚えることによって、身体が計器になる
僕は時速6キロのリズムが体でわかります。『グレートジャーニー』の旅の前、僕は勤務医として病院で働いていました。トレーニングを兼ねて毎朝10キロのジョギングを終えてから出勤してました。病院で診察をしていると汗が噴き出して止まらない。看護師に笑われてしまいました。ちょうどその頃、子どもが生まれたのですが、妻に「なに無駄なエネルギーを使っているの。走る時間があるんだったら子守をしてよ」と言われてしまいました。それで、娘をおんぶして早足で歩くようにしたんです。その速度が時速6キロ。娘の成長により体重が重くなっても、その速度をキープしました。
 
やってよかったのは「時速6キロのスピード」を体で覚えられたということ。平らな道であったら、時計がなくても時間を推定できるようになりました。『グレートジャーニー』の旅の中でモンゴルから中国に歩いて国境を抜けることがあった。その距離は27キロ。
 
「時速6キロで歩けば4時間半か」
 
きっちり、4時間半で歩き通しました。人が手のひらや歩幅で長さを測るように、僕は時速6キロの速度の体感を手に入れています。

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五感を使わなければどんどん衰えて行く。だから歩いて旅に出た

昔の医者は五感を使って診察をしました。患者の表情、歩き方、問診、触診、打診、聴診し、それで大体の病気がわかった。今の医者は、すぐに血液を採り、レントゲンを撮り、CTやMRI、体を触らず顔も見ずにモニターを見て診断をする。五感を使わないと、どんどん衰えていく。太古の人たちは五感を使って動いていた。僕は五感を使って生きていた太古の人に思いを馳せて旅をしたかった。だから、僕は『グレートジャーニー』の旅に出ました。
 

車では地球のでこぼこを感じにくい。5度の傾斜でもわからないし、下手をすると上っているのか、下りているのかさえもわからない。
同時期に存在したインカ(ペルー、ボリビア、エクアドルを中心にケチュア族が作った国)とマヤ(メキシコ南東部、グアテマラ、ベリーズ)は最短で2000キロほどですが、僕は交流が全くなかったと思っています。もし、交流があったならインカからジャガイモが伝わったはずです。あんなに便利な食物が伝わらないはずがない。
 
伝わらなかった理由は、この地を歩けばすぐにわかります。上り下りがとてもきつく、人が歩いて行きにくかったという理由だと思います。逆にシルクロードを歩くと、少々のでこぼこがあるにしても、全体的にみるととてもなだらかなんです。馬やらくだ、車輪があれば人や物を遠くまで運べる。だから、シルクロードはローマから長安、日本まで行き来することができた。人が歩けたから、情報の移動だけではなく、文明の勃興、技術や知識の移動が行われました。ロマンチックな言い方をすると、「足で歩く」ということは地球のでこぼこを肌で感じる行為です。
 

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猿は家族をもたない。でも人類は持つ必要性があった
人類にはいろいろな業績があります。言葉、文字、航海術、印刷技術、羅針盤。いろいろあるけれど、僕の考える最大の業績は二足歩行です。二足歩行しなかったら僕は人間が生き残っていなかったと思う。
では逆になぜ人間は二足歩行するようになったか。ライオンやラクダは自分では物を運べない。その必要性もあまりない。でも、人間は物を持ち歩いて運ぶことができます。食べ物や子どもを抱ける。二足歩行をし、手が空いたのは「家族」と暮らすためだったんです。
 
チンパンジーの出産間隔は4年、ゴリラは5年に1度しか子供を産まない。なぜかというと、森は安全だからです。15歳で子供を産んで40歳で閉経する。そうして生涯に6~7人の子を産む。自然界では病気で半分くらいは死んでしまうが、子孫を残すことはできる。森は周りに食べ物がたくさんあるので、母親がつきっきりになってひとりで育てられる。それに、5年に1度の子育てくらいなら父親は必要ない。ところが、人類はサバンナに住むようになったので周りは天敵だらけ。我々には牙も爪も強い握力もない。そこで、10ヶ月に1人という短い期間で子供を産めるグループが生まれ、生き残り、集団で生活をしながら、なんとか絶滅せずに生き延びることができた。
 
 
10ヶ月に1人産むと、母親は同時に3人くらいの子どもを抱えるようになる。そこで食べ物を運んだり、敵から守り、生活を支えてくれる父親が必要になった。チンパンジーのメスは発情期になるとお尻を真っ赤にしてオスに知らせ、その時だけ交尾をしますが、人間の女は男を惹きつけるために、発情期をなくした。そうすればいつでも交尾ができるから男は女の側にいるようになる。子どもが泣くと夫はもちろん、おじさん、おばさん、じいちゃん、ばあちゃんが子どもの世話をする。「家族」の誕生です。

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二足歩行は人類最大の業績です。もし、歩かなければ人類はアフリカから出ることもできす、滅びていたでしょう。僕は人類が二足歩行で歩いたとき、同時に家族もできたと考えています。私たちは歩くことで、人類になったのです。

関野吉晴
探検家・医師・武蔵野美術大学教授(文化人類学)。
1949年東京生まれ。一橋大学在学中に同大探検部を創設し、1971年アマゾン全域踏査隊長としてアマゾン川全域を下る。その後25年間に32回、通算10年間以上にわたって南米への旅を重ねる中、横浜市大医学部に入学。その後、医師(外科)となって勤務するも南米通いを続けた。
1993年からは、人類が拡散していった約5万3千キロの行程を、自らの脚力と腕力だけをたよりに遡行する旅「グレートジャーニー」を足かけ10年の歳月をかけてゴールした。
その2年後には「新グレートジャーニー 日本列島にやって来た人々」をスタート。「北方ルート」、「南方ルート」を終え、最後のインドネシア・スラウェシ島から石垣島まで手作りの丸木舟による4700キロの航海「海のルート」は2011年にゴール。1999年には植村直己冒険賞を受賞する。
関野吉晴公式サイト/Yoshiharu Sekino official site