fbpx

(写真 55 Co.,Ltd / 文 村松亮)

『名古屋ウィメンズマラソン』に向けて走る安田さんを追いかける連載『Road to Nagoya』も3年目に突入した。

昨年大会を振り返ると、彼女はかつてないほどの厳しく、そして計画的なトレーニングを重ね、サブ3.5(フルマラソンを3時間30分以内のタイムでゴールすること)を目標にレースへ挑んでいだ。結果は3時間48分と、自己新記録には及ばず。ではいったい何が悪かったのか。自己分析している最中だったレース直後のインタビューでは、「今後はライフスタイルの中に走ることをもっと取り入れていきたい」と彼女は話した。

短期集中型のトレーニングではなく、コンスタントに走り続け成長できるランナーでありたいという想いが込められた言葉だったように思う。

あれから約10ヵ月。大会1ヵ月前の2月初旬に安田さんと再会。この日のトレーニングは皇居20キロ走。その走り出しの直前に、今大会への意気込みは? と質問を投げかけた。その瞬間、どこか申し訳なさそうな表情をみせた彼女の心境を、長年付き添い、安田さんを支えてきたランニング・トレーナーのMIDORIさんが話してくれた。

「あれから(2014年大会を終えて)彼女の生活は、一変しました。結婚をして、新しいライフステージへと進もうとしています。今までのように頑張れないこともいっぱいありますし、それは自然なことなんですよね。けれど仕事柄なのか、彼女自身の性格上なのか。人の目を必要以上に気にし過ぎてしまうんですね。もちろん、オフィシャル・サポートランナーとしてどんな走りをみせるのか。悩むのは分かります。だからこそ今、とにかく自分が走りたいと思ったから走っている、それでいいんだよって話しています。自分とランニングの間に何も入れないことをしてほしいですね。記録を狙って走る安田美沙子だけではなくて、どんなときも走りを上手く自分の中に取り入れて、その姿に自信を持ってほしい。みんなも見てくれると思うんですね。別に逃げるわけでも、負けてるわけでもない。そもそもハーフマラソンって、ただフルマラソンより短いだけの、半分の距離を走るものではないので。むしろ私は、自分を見失うことなく走りきれるレースがハーフだと思うから(MIDORI)

このときのMIDORIさんの話が、今大会のレースに向かう安田さんにとって心強い道しるべとなった。

「結婚をして、家族と暮らすようになりました。いつか子どもも産みたいと思いますし、春先に控えている結婚式の準備もあります。誰だって日々生活は変わっていくもの。それは分かっています。今つくづく感じるのは、いつだって走っている時間は自分らしくいられる。それと生活の軸にもなる。“生涯スポーツ”という言葉がなんなのか、ようやく分かってきたように思うんです(安田)

走り続けるからこそ
いろんなステージのランがある

名古屋入り。いよいよレース前日。ゴールポイントである名古屋ドーム内のナイキブースで実施されたトークショーで安田さんは、とある裏話を披露していた。

昨年悔し涙をのんだ同大会レース直後に、なんと控え室でプロポーズをうけ、結婚を誓ったのだという。現在の結婚生活の様子も楽しげに語る中、トークを締めくくったのは「やっぱり、ランのある生活がいい」というシンプルな言葉だった。

ほんの一ヶ月前に見え隠れしていた迷いは、どうやらなくなっていたように思えた。

「大会までの一ヵ月、週2~3回の頻度で走ってきました。前回の皇居は調子が良かったんですけど、あの後に2回ほど20キロ走のトレーニングをして、調子が悪かった日に一度泣いたこともありました。もう悔しくて(笑)。明日は初心にかえって、挑戦する気持ちで走ろうと思っています。実は、前向きにレースに挑もうって気持ちの整理がついたのは、ついこないだのこと。それでMIDORIさんにもLINEをして。すぐに“そうよそれ!”ってスタンプがかえってきました。今できる最大限のトレーニングはやってきたつもりです。でもどこかで気持ちが後ろ向きになっていた。なんていうんですかね、タイムでも距離でもない、じゃあ何を目指そうかって考えたときにふと思ったんです。はじめてのフルマラソンのレースは私にとって未知なものでした。何もわからない、想像が付かないエリアに向かっていて。できることなら、レースの度に未知の領域に辿り着きたいですけど、そう辿り着けるものでもない。でも、挑んだ先に未知なエリアがあるからこそ楽しいんだと思うんです。追い込んで走ることが好き。できるならそうありたい。でも、今ではないなって思えています(安田)

前向きな姿勢でレースを走ろうと思えてから、自分の走りに気づけたことがあったという。

「レース直前のトレーニング中だったんですけど、名古屋のコースには坂道がほとんどないよねって話をMIDORIさんとしてたんです。自己分析だと私は、たぶん坂道のあるコースの方がスイッチが入るんです。身体もメンタルも。どうも調子がいいんです。MIDORIさんは、“やっぱりね”って頷いていて。その後、平坦なコースでもペース走をして、フラットでも調子を上げれるイメージトレーニングをしました。きっと、平らなコースを永遠走っていると、マンネリ化してしまうんです。もっと変化がほしい。だから名古屋のようなコースでは、自分の中でそれを自覚して走れないとだらけてしまうんだなって(安田)

転機は誰しもに訪れる。結婚、出産、転職……それでも走り続けるからこそ、ランナーは人生のステージ毎に順応し、走りを変える。変えること、変わることでまた気づきを得る。安田さんもまた、自身の転機を成長へのきっかけとして受け入れることができたのだろう。

ハーフマラソンからの学び
経験値がランナーを頭でっかちにさせる

本番日である3月8日、名古屋市内は快晴。安田さんのハーフ目標タイムは1時間50分をきること。序盤は想定よりもハイペースに5キロ地点、10キロ地点を通過。そのままペースダウンすることなく、1時間45分と見事に目標を達成するタイムでゴールをした。

「楽しく走れました。でも終始笑顔で、ってわけでもなくて、すごく集中して走っていたように思います。楽し過ぎちゃうと、ペースが遅くなるんですよ、集中がきれて。少し、初心に返った部分も感じれました。今回のレースがとくにハーフだったからかもしれませんけど、レースを重ねれば重ねるほど、予測をしてしまうんです。そろそろしんどくなるな、とか、自分の強さや弱さの幅も分かってくる。これ以上ペースあげるとしんどい、このくらいじゃないと耐えきれないって、自分で決め過ぎてたような気がするんですね。どこか守りに入ってたというか。でも今回のレースはニュートラルに走りきることができた。(安田)

経験が邪魔をして見えなくなっていたものがあったのかもしれない、今回のレースを経て、安田さんが得た気づきのひとつだ。頭でっかちになっていて、肩に力が入り過ぎていた部分があった。レースを終え、インタビューに答えながらも自己分析は続く。どうしたらもっと楽しく、速く、強く走れるようになるのだろうか。

本番を終え、トレーナーのMIDORIさんはこんな風に今回の安田さんのレースを振り返った。

「今回はあえて追い込みませんでしたが、いいイメージで気持ち良くゴールすることができました。今後フルマラソンと向き合うことができないわけではないですし、あえて一度離れてみることでまた彼女は今まで以上に真剣にフルマラソンと向き合いたくなると思います。レースや走ることに対するイメージもいい方に持ち直せたと思いますし、タイムを追いかけるプレッシャーを感じずに、純粋にレースを楽しめた体験は今後の彼女の走りに良い影響を及ぼしてくれると思います。(MIDORI)

右か左か、人生にはいくつもの選択肢がある。どちらの道が正しいのか、正しかったのか、それを決めるのは最後には自分自身でしかない。

「走って良かった。おかげでハーフマラソンの良さを知ることができました。フルだけでなくて、たまにハーフも組み合わせて、今の自分の走りを俯瞰してみることも大切だと知れましたね。変な話、今日のメンタルでフルにのぞめれば、後半までキープして走れるんじゃないかって思いました。リラックスして走れたことで、発見は多かった。今回のレースを終えて、今後はもっと幅を広げていきたいなって思うんです。いろんな目線で走れるランナーになっていきたいなって思ってます(安田)

安田美沙子(やすだ・みさこ)
タレント、女優。「名古屋ウィメンズマラソン2012」では自己最速タイムの3時間44分56秒(ネットタイム)を記録。「名古屋ウィメンズマラソン2015」では、大会を応援するオフィシャルサポートランナーに就任。お料理BOOK『「またあれ作って』」と言われる幸せごはんレシピ』(講談社刊)が発売中。

MIDORI(みどり)
ナイキランニングアドバイザー。国際大会等での豊富な実績を背景に、的確で親しみやすいランニングスタイルを指導。フルマラソンのベストタイムは2時間59分。また、100キロウルトラマラソンでの優勝経験をもつ。 管理栄養士の資格を活かし、栄養面におけるサポートも行っている。ナイキランニングアドバイザーとして全国でランナーをサポート。タレント・女優の安田美沙子をはじめ、著名人のランニングトレーナーも務め、的確な指導で完走・記録更新へ導いている。

【Road to Nagoya2014アーカイヴ】
人間の限界まで丸裸にしてくれる42.195キロ 安田美沙子

【Road to Nagoya2013アーカイヴ】
♯01 脳と体に長距離を覚えさせる
♯02 ハートを強くするために
♯03 一歩先へ ランニングとどうつき合っていくか
♯04 かならず笑顔でゴールする
♯05 マラソンに終わりはない