2015.02.10 - 15:30

安間佐千 × 國母和宏 挑戦の先にある風景

(写真 松本昇大 / 文 村松亮 / 協力 adidas outdoor

 「スノーボーダーの國母和宏と、クライマーの安間佐千は共鳴し合う」そう確信したのは昨年初夏のことだ。北海道千歳市にある國母さんの自宅を訪ねた直後、その少し前に安間さんを数日間かけて追う取材を終えたばかりだった。

 どちらもアディダスのグローバルアスリートとして世界を舞台に活躍する同世代。両者ともコンペディターとしてそのスポーツの頂点を極め、さらに、アウトドアのフィールドへと視野を拡げている。

 たとえば、2度のオリンピックを経験し、2010年、2011年には全米オープンを連覇した國母さんはここ数年で、競技者から表現者へと本格的に移行。メインのフィールドはバックカントリーだ。そして、2012年、2013年とワールドカップリード種目年間優勝を果たし、現在もワールドカップに参戦する安間さんにとって、メインのプロジェクトは外岩での難解ルートの踏破。

 そんなふたりが初対面することとなったのは昨年の冬。日本有数のボルダリングエリアである東京奥多摩の御岳にて、安間さんが國母さんにボルダリングを教えるという、またとないセッションに同席することができた。

コンペの先にある風景。変化していくアスリートたちの挑戦

國母 今日はじめてボルダリングをしてみて、スノーボードと似ているなって思いました。とくに岩に足を置く感覚。あの不安定さと、スノーボードでパウダーの上を滑っている不安定さ。同じような感覚がある。登るとき、不安定な場所で踏ん張るじゃないですか。足場はふらふらで、でも踏ん張りすぎると抜けてしまう。あの感覚は、パウダーでぎりぎりのラインを攻めていて、踏み込み過ぎると崩れちゃう瞬間と似ている。つま先のエッジに乗りながら、踏める体勢をキープする。最近とくに意識してるトレーニングなので、それがモロに出て面白かったですね。

安間 教え始めてすぐに気づいたのは、岩と足のフィット感を入念に調整していたこと。意識が先にいくことなく、冷静だなって思いましたね。あとは危険への意識の高さ。そこはスノーボードでも、常に意識しているのなのかなって。

國母 どちらも山のスポーツで、コンテストを目指すスタイルと、自然の中で自分たちのやりたいことをやりように楽しむスタイルと、両方がある。今日行った岩場にもそういう人たちがいっぱいいて、スノーボードとそこも同じなんですよ。

ーー つまり、コンペディターと表現者。ふたりにとっては、そのふたつはどんなバランスなんですか? 

安間 僕は今、ほぼ外岩のことしか考えてないんです。2~3年前からコンペに疲れ始めてる自分がいて、向上心もあんまり湧いてこないんです。でも外岩に挑戦している自分は情熱を持てている。頭もフル回転していて、あれを登るには何が必要で、どういうプロセスを踏めばいいか。モチベーションを維持できてます。でも、もしコンペに再度モチベーションが向くとしたら、アダム・オンドラというチェコ人の21歳の選手の存在です。一緒に登ると楽しいんですよ、自分を本気にさせてくれるんです。彼が世界選手権に出るなら、自分もとことん良い状態で勝負したい。

ーー そのふたつを行き来したいって気持ちはどこかにあるんですか?

安間 究極はコンペでやってることも外岩でやってることも僕にとっては同じなんです。外岩の先にも、コンペの先にも、多くの人がいる。挑戦の先には、いろんな人が自分のことをどう思っているか、どう思われたいかって意識がある。

ーー 國母さんは、最近ほとんどコンペに出ていませんよね?

國母 自分は完全に切り替えてます。コンペには出ないで、100%バックカントリーに時間を使ってます。コンペが嫌いなわけではないんですけど、むしろ今は、自分主催の大会をつくりたいと思っています。たとえば、数年前に行われた、レッドブル主催の「Red Bull Supernatural」という大会があって。この大会は雪山一面を使って、自然の地形と人工物、ジャンプ台をミックスさせたコースでボーダーが競い合うんです。ライダーはヘリで上がって、ゴールまで1キロとかのコースを滑る。それを日本の地形を活かして、日本のサイズ感でやりたいんです。

ーー 現在行われているコンテストと、決定的な差ってどういうところにあるんですか?

國母 自分はコンペ上がりで、でも今はバックカントリーで活動していて。競うことがもうないのかというと、コンペとはベクトルが違うだけ。仲間たちとそれぞれのラインを刻んだり、同じ地形でここでメイクしようぜってやり合う。自然の中で、その遊びの延長線上に自分を高めるとか、挑戦する姿勢というのがあるんです。それが大会になって、観客がいて、普段山奥で、観客がいない中でやっていることを、一般の人に見せれたらなって。

ーー 國母さんは今の安間さんのように、ちょうどコンペとバックカントリーとの境界線にいたときもあったんですか?

國母 もちろんありました。僕は地元が北海道なので、10代の頃からバックカントリーとコンテストを両立していて、オリンピックに出るようになってからは2年バックカントリーをやって、2年オリンピック用のトレーニングを積んで、そんなサイクルだったんです。ナショナルチーム時代はとくに恵まれていて、バックカントリーの環境も用意してくれて、移動もついていけば良かった。その時期にあるベストな所で滑れて、身体は常にできあがっていて。最高の状態でトライできてはいましたけど、今のように100%バックカントリーというわけにもいかなかった。

ーー オリンピックで勝つためのトレーニングと、バックカントリーで自分を表現するトレーニングに違いはあるんですか?

國母 全然違いますね。オリンピックは勝つため。高く飛んで綺麗に着地して難易度の高い技を組む。でもバックカントリーって、その地形で何をやるか。その人のセンスだし、日々斜面に足を運んで、どの技をチョイスして、どの斜面を滑るか。自分がどういう滑りをしたいか分かっていないと、技術があっても良いラインは残せない。誰も入ったことのない奥地でどんなラインで降りてくるか、それが究極だから。練習しようがない。もちろん、ゲレンデでイメージトレーニングはしますよ。でも仮想しても、いざ現場で滑って失敗したり、そこで、こうやんなきゃいけないんだってなって気づけたりもして。自分で試してく感じで、壁にぶち当たってるっていうより、なんか常に探している感じですね、どう滑るかを。

ーー クライミングにおけるルート開拓にも似たものがありますね。

安間 僕自身、開拓に興味はありますけど、まだそこに到達できてないんです。でもセンスが問われる、そこは共通しますね。いくらクライマーとして強くても、自分の実力に対して、どのルートを選び、どんなラインで登るか。もちろん世の中の人に分かりやすく評価してもらうのは難解ルートを登頂することです。でもきっと、もっと色々あるし、できるんだろうなって。クライミングはまだまだ奥深いんです。

ーー ふたりともコンペ上がりで、それぞれのフィールドの奥深くに入っていこうとしている。では、そのためにどんなことをされてたり、また意識していますか?

國母 最近僕らは、上の世代の方々からロープワークを習ったり、ビーコンの特性について講義を受けたり、山岳の基本知識を学ぶ機会を得ています。僕らの世代がバックカントリーに取り組んでいるのをみて、助けたくなった、教えたくなったって言ってくれる先輩方がいるんです。コンペで磨いたスキルをより山の奥深くで試したいという想いがあるので、ありがたいですね。

ーー クライミングにおいては、ジムと外岩とでスキルが高め合えるような感覚はあるんですよね?

安間 意識も筋肉も、繊細さの密度が違いますね。同じムーブがあったとして、人口壁は1つの意識で次に進めても、外岩では3つぐらいの意識が必要になってくることもあります。ただ、僕が最も大切だと思うのは目標だと思うんです。ジムでいくら登ってても、外岩でいくら登ってても、目標がないと向上しない。僕はホームジムの人工壁を世界の岩場のひとつとして考えていて。課題もなるべく自然なものに近い、世界の最難グレードと同じような難易度にセットしています。そしてその難しさは世界に繋がってるんだって信じてトレーニングしています。

成長するために“手放さないといけないものがある”

安間 2014年の秋に、スペインのオリアナに滞在して登頂したいルートへ挑みました。結局、失敗に終わってしまったんですけど、そのチャレンジを通して気づけたことがあったんです。自分は目立ちたがっているんだな、と。それが成長の足かせにもなっている。これを成功させたらきっといろんなことが変わっていく。自分がこんな風になる。先を急ぐ気持ちが、最後のジャンプをする瞬間だったり、決定的なところで身体を硬直させるんです。できるはずなのにできない。もっと手放していかなきゃいけないことがあるんだなって。

ーー 手放なさないといけないもの、具体的に見えてるんですか?

安間 最近少しだけ分かったことがあるんです。オリアナのツアーしかり、海外遠征は1ヶ月間だったりと、長期に渡ります。その期間内で登れればいい。そう考えると、前半のモチベーションって結構低いことがある。後半になってモチベーションが上がって、伸びていく。その上がっていく瞬間が好きなんですけど、そこに自分の弱さとか狡さがあるのかなって。先ほども話したアダム(・オンドラ)と日本で一緒に登っていた時、彼は毎日元気だった。あんな毎日元気な人、見たことがないんですよ。誰よりも早く岩に行って、準備して、やるぞ、と。いざ振り返って自分に置き換えてみると、僕はどこかで苦しいことを後回しにしているのかなって。毎日、全力で取り組めてないのかなって思うんです。

ーー 昨年、國母さんに話を聞いて印象的だったことのひとつに、「前に進むだけのプッシュだけじゃなくて、一歩引く、やめるプッシュもある」そんな話があったんですね。日々、自分自身をどう突き動かしていくか。全力で取り組む姿勢には押すことも、また引くこともあると。

國母 多分、バックカントリーに入っていると、どんなに調子がよくても自然にやり込められてしまう瞬間があるんです。半年間狙っているラインに、1回もトライできずに終わる日だってある。今日調子いいから行けるぞ、それだけでは敵わないので。

安間 クライミングでいう、力抜くところと、出すところ。それに近い感覚なんですかね。一番集中してる時にこそ、バランスよく出るんです。そういう感覚なんですかね。

國母 今は自分が理想としてた、自分が子供の頃から思い描いてきたムービースターになるんだっていう挑戦に集中できているのは確かですね。自然の中で最高のメイクさえできれば、憧れてたようなムービーと同じクオリティで画を残してくれる仲間がいる。そんな環境にいることが本当に毎日楽しくて、今はただ最高の一カットを残すことだけを考えていますね。

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問い合わせ:adidas outdoor

  • 安間佐千(あんま・さち)
    1989年9月23日生まれ、栃木県出身。12歳の時、山岳文化に精通する父の勧めでクライミングと出会う。わずか1年でジュニアオリンピックのユースB(16歳未満)で3位入賞や日本選手権3連覇など才能を開花。ワールドカップでは2012年の初戦、日本人男子として12年ぶりに優勝し、この年のワールドランキング1位、そして念願のリード種目の年間優勝を飾る。さらに続く2013年も年間優勝を達成し、前年に続いて2年連続のチャンピオンとなる。自然の岩場でも数々の高難度を制し、2011年には“Pachamama”(5.15a)第2登、2014年には“Realization”(5.15a)第11登、そして、2015年2月には自身初となる5.15bのルート“Fight or Flight”を第4登する。
  • 國母和宏(こくぼ・かずひろ)
    1988年8月16日生まれ、北海道石狩市出身。アメリカ・カリフォルニア州在住。プロスノーボーダー。adidas Snowboarding team。4歳でスノーボードと出合い、11歳にしてプロ資格を取得。2004年、14歳の時に全米オープンで日本人初なる2位入賞。その後、2005年のFISワールドカップ、2009年のユニバーシアードといった数々の国際大会で優勝を飾る。トリノ、バンクーバーオリンピックには日本代表として活躍。バンクーバー大会では8位入賞を記録。2010年、2011年と全米オープンを連覇。ウインターシーズンをアメリカに滞在し、撮影や大会等に出場。オフシーズンは北海道に帰省し、家族と過ごしている。