2015.01.23 - 18:00

「苦しみ」は物事をリアルにする サイモン・モットラム(Rapha CEO)

(文 山祥ショウコ / 写真 濱田晋 /取材協力 Rapha
 自転車の世界は彼の登場で大きく変わった。サイモン・モットラム。選手ではない。10年前にロンドンで3人で始めたサイクルウェアブランド『Rapha(ラファ)』の創業者でCEOだ。それまで、いくつもスポンサー名がプリントされた派手派手しいプロジャージのレプリカが当たり前だったサイクルウェアだが、ファッションに興味のある人でも「着たい」と思わせる洗練されたアイテムを発売。時代にマッチした製品で、わずか10年でツール・ド・フランスを走るトッププロ/チーム・スカイにジャージを提供するまで躍進。

 ウェアから、ロードサイクリング・カルチャーを変えていくラファから目が離せない。サイモンが、ラファのこと/自分のことを、ありのままの言葉で語ってくれた。

「買うものがない」からラファをスタートした
 3、4歳から自転車に乗り始めて以来、40年乗り続けているんだが、10年前のある日、「何か買いたいな」と思ってぶらりと地元の自転車店に行った。だが、ウェアで欲しいものはひとつもなかった。妻が「あなたが何も買わないなんて、稀なるケースね」と皮肉ったけれど、実際そのことがひっかかった。その店はひどいデザインのウェアしか置いてない一方、自転車は非常によいものを取り扱っていた。そこで考えたんだ。「これってバランスが間違っている。なぜ欲しくなるようなウェアを誰も作ってないんだろう?」と。

 私は当時世界的ブランドのコンサルティング、主にブランドの市場価値を評価する仕事をしていた。そのブランド全体を理解し、資産を測る。そういうわけで、私はどうやってブランドを築き上げていけばよいか、という知識があった。必要なのはプレミアムな高品質、そして何かしら非常に目立つ特徴があること、さらに顧客に注意を払いケアすることだ。私と同じテイストを持つ人達は大多数ではないが、世界中のいろんな場所にいるはずだ。東京、シドニー、そしてサンフランシスコにも。そういう少数派を世界中から集めれば、それなりの数の顧客になる、という目算があった。
 
 (ラファを)スタートして10年。今、ラファサイクリングクラブがあるのは、ロンドン、マンチェスター、ニューヨーク、サンフランシスコ、東京、大坂、そしてシドニー。春にはアムステルダムとロサンジェルスにオープンする。2015年にはさらに2店舗オープンするかもしれない。最終的には25~30店舗になるだろう。

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リスクがあっても面白い道を選ぶ
 ラファが成功した理由を自分なりに考えてみると、まず、ラファは顧客であるサイクリストのことを理解していたことが挙げられる。多くのサイクリングブランドは元レース関係者によって経営されている。あるいはサイクリング業界関係者。彼らは「普通の自転車乗り」のことをあまり知らない。私は「普通の自転車乗り」がどういうものを好むか知っている。これは強みだ。

 そしてもう一つ、クリエイティビティ。クリエイティビティを製品に落とし込み、その製品がマーケティングにつながる。言うのは簡単だが、遂行するには勇気と大胆さが必要だ。誰もやっていないことと、もっと手堅い策がある場合、ラファは必ず「手堅くない」方法を選んできた。
 
 例えばラファといえば今では、ピンクのアイテムを誰もが思い浮かべるかもしれない。多くのウェアは最初黒から始めた。その頃サイクリングウェアのほとんどは黒だったし、一般的に黒は誰にでも似合う。そして、その黒に合う二番目の色を探し始めた。私はピンクがいつも好きだった。そこで、差し色にピンクを使い始めた。ある顧客と話したら彼は「このウェアは買わない」という。なぜならちょっとだけピンクが入っているから、と。カラフルなウェアに対して「これは着られない」と考える人は一定数いるだろう。しかし今では多くのラファのコアな顧客はピンクに関して問題がない。ラファのウェアのピンクはさらに鮮やかになり、強くなった。

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 ラファの成功に関して三番目の要素がある。それはそのスポーツに心を奪われている、ということだ。私は仕事と関係なく自転車に乗ったり、レースの結果を知って一喜一憂したりする。完全にロードサイクリングに取り憑かれてるんだ。そしてラファの社員はみんな、同じように自転車に夢中だ。ラファの製品が優れているのは、我々が、ロードサイクリングを心底好きだから。賢さがラファを動かしているのではなく、もっと本能的な情熱がラファを動かしている。

 でも、ここだけの話だけど、ヘッドクォーターの数人はあまり自転車に乗らないね。それも一目瞭然なんだ。壁にあるバイクラックに数字が割り振られていて「あー37番は自転車通勤してこなかったな」とわかる(笑)。

苦しみを通過することでリアルになる
 ラファは「Suffer(苦しみ)」と「Pain(痛み)」を大事なことの一つとしてあげているが、それには理由がある。「苦しみ」によって物事がリアルになる。そう思わない? 私はよく子どもに言って聞かせるんだけど、人生において何かに本当に没頭できるなら、結果は全く関係ない。そこから何かを得られるのであれば、やっただけの価値はある、と。

 そういう意味でサイクリングはパーフェクトだ。特に、山を走ることはパーフェクトだ。なぜなら頂上に登るために集中しなくてはならないし、誰の助けも借りられない。懸命にペダルをこいで、頂上に到着したときのあの気持ち。峠を登ったことがある人はあの達成感をありありと思い出すだろう。
 必ずしも走りながら泣かなきゃいけないとか、毎回自分のリミットを越えなくちゃいけない、ということではない。実際、どんなサイクリストも私が感じているようなことを少しは感じているはずだ。汗をかき、走りに集中しているときには。

 ラファのデザイン性の高さ・洗練と「苦しみ」「痛み」というキーワードは両立しないようにも思えるが、ロードレースはタフでタフでタフなスポーツなんだ。だからそのタフさを支える製品が必要だ。走っているときに、スクラッチや着心地悪い生地のことが気になったりしてはダメだ。「今」に集中できなければ。実際クオリティの低いウェアがライダーの邪魔をすることもしばしば起きる。スポーツが頂上までいくなら、製品も頂上のクオリティであるべきだ。

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ロードバイクは「フィットネス」を超えたなにか
 私自身は毎週10時間、世界のどこにいようと乗る。ラファは水曜日にカンパニーライドを行うのでそれが私のメインライド。その他にもなんとか時間をひねり出す。誰もがウィークデイの間にライドができるとは限らないから、私はラッキーだと言える。週末は家族と過ごすので、ライドはなし。

 私には自閉症の子どもがいるんだよ。彼が学校に通いだした15年前、学校のサポートのためにチャリティーを始めた。自閉症の子どもの教育には非常にテクニックが要るのでその資金を集めるために。ラファと自分個人のことを結びつけるのは躊躇していたが、2年前ラファとしてもこのチャリティーに協力し始めた。ボルドーからパリまで走って寄付を募ったんだ。2014年はマンチェスター〜ロンドン間のチャリティーライド、これも多額の寄付金を集めたので、毎年のイベントにしていくつもりだ。日本でもこういった500kmのイベントを開催したいね。500kmというと東京〜大阪だろうか?

 サイクリングに出かけるのは私の場合フィットネスではない。外に出ると気分がよくなるんだ。自転車に乗ることによって日々起こる物事をスルーさせ、人生のバランスを取ることができる。サイクリングをしないと、私は仕事にとらわれすぎ、考え方も満杯になってしまう。ロードサイクリングはパーフェクトだ。高価な自転車を買わなくてもいい、アクセスしやすい道があればどこにでも行ける、特別なギアが必要なく一人で行ける、友達と連れ立っても行ける。

 そしてライドに出ると、一生忘れないような発見をするんだ。現代生活は悩みや困惑に満ちているが、そういうものをすべて忘れられる。ライドに行けばすぐさま。美しい景色の中で。実にリアルな経験だ。それがロードサイクリングを好きな理由。ロードサイクリングはもっとも人間らしい活動だと言える。

 冬のシクロクロスもいい。ラファジャパン代表の矢野を始め、ラファの中にはシクロクロスに情熱を抱いている人が数人いる。どのシーズンにもエキサイティングなイベントをやることは大事だ。ロンドンでもベルギーでもポートランドでも、冬は曇りで暗くて寒い。だからロードサイクリングに出かけるよりもっと楽しいこと、つまりスキンスーツを着て泥の中にダイブする(笑)。ロードサイクリングに比べシクロクロスは短時間だし、個人戦だ。だから新鮮だね。林に出かけてトレイルを走るのはまた違った経験だ。

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 (写真提供:Rapha Japan)
11月29日(土)30日(日)に野辺山で開催された、Rapha野辺山高原シクロクロスレースの模様。ゲストレーサーには、全日本チャンピオンの男女2名(竹之内 悠/ベランクラシック・ドルチーニ、宮内佐季子/Team CHAINRING)に加え、イタリアより2名のナショナルチャンピオン(U23)を招聘したプレミアムなレース。2日間の開催で観覧者ふくめ、のべ2,500名の来場者で賑わった。

 ラファのスタッフはレースをするものとライドだけをするものに分かれる。昔、特に10年前にはレースをしない人は下に見られたものだが、両方とも我々にとっては大事だ。

 レースは人間の純粋な表現だ。「レースもライドも苦しみは同じだ、レースはただ速く走るだけ」と言う人もいる。私はその意見にはまったく賛成できない。プロのレースをみれば、彼らがどれだけ苦しみ、その苦しみを受け入れるようメンタル上も七転八倒するさまが分かるはずだ。レースの魅力は、「人間のエクストリームなコンディション」だと思う。プロのレースを見ると、自分がサドルで経験していることの延長を彼らがやっているように思える。もっと苦しみ、もっとリスクを負い、もっと速く。サングラスとヘルメットで彼らの表情は見えないが、その背後にはドラマがある。まさに人間の根源的なスポーツだと思う。

 

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Simon Mottram(サイモン・モットラム)
2004年、英国で誕生したサイクルウェアブランドRaphaの創立者であり、CEO。Raphaを創始する以前は、ブランディング・マーケティングコンサルタントとして種々のマーケティング、コミュニケーション、デザインプロジェクトに携わる。

Rapha(ラファ)
世界各国で展開されているサイクルウェアブランド。ウェブサイト(www.rapha.cc)を通じて、世界90,000人のカスタマーへダイレクトに製品を販売する一方で、ロンドン、マンチェスター、ニューヨーク、サンフランシスコ、シドニー、東京と大阪に構える直営店「サイクルクラブ」では対面での販売を行う。そのプロダクトデザインでこれまで数々の受賞歴があり、その中にはFast Track、イギリスにおける私企業の成長スピードトップ100へのノミネートも確認されている。さらに、その活動はアパレル販売にとどまらず、レースをはじめとするイベント開催や、独自の世界観を伝えるショートフィルムの制作・公開をする映像企画『ラファ・コンチネンタル』の運用、世界トップレベルのロードレースチーム『スカイ プロサイクリング』のサポートなど、独自の世界観と手法で展開されている。