2015.01.13 - 18:00

“ゾーン”に入りやすいメンタルをつくりあげる 錦織圭

(写真 松本昇大 / 文 武井幸久 / 協力 adidas japan

 2014年、テニスの全米オープンで強豪選手を次々となぎ倒し、準優勝という成績を残した錦織圭。「ズバ抜けた才能の持ち主」と言われながらも、ケガの多さやメンタル面の弱さも指摘されてきた24歳は、いかにしてこの成果を獲得できたのか。一躍国民的ヒーローとなって凱旋帰国し、シューズのサプライヤーであるアディダス ジャパンでのミーティングを終えた錦織に、そのメンタル面の成長について話を聞くことが出来た。

 錦織圭はどうやってここまで強くなれたのか。

マイケルにはいつも『お前はショーをしに行くんじゃない、勝ちに行くんだ』と強く言われます

 「思えば、全米決勝の試合前のコイントスがスタン・スミスさんだとは全然気づいていなかったんですよね。『誰だろう、この人』って。“スタンスミス”のスニーカーはたくさん持ってるのに(笑)」

 全米オープンで準優勝を遂げて日本に凱旋帰国し、シューズのサプライヤーであるアディダス ジャパン本社で新しい“スタンスミス”をプレゼントされた錦織圭は、リラックスした表情でそんな秘話を明かしてくれた。ちなみに錦織が試合で履いているシューズは同じアディダスのバリケード8プラスだ。

「実は僕、試合用のシューズはどこが好きかと聞かれれば、デザインが好きなんですよね。自分の場合はフットワークが命というか、一番の武器なので、機能がいいのは当たり前なんですけど」

近づけば分かるバランス良く鍛え上げられた肉体、特に脚周りの筋肉の付き方は常人のそれとは異次元にあることが容易に見て取れた。全米準優勝を機に一層、世界中のテニスファンを魅了し、日本の国民的ヒーローとなった彼だが、少しのおごった表情をみせることなく、にこやかな笑顔を浮かべながらの話しぶりには生来の穏やかな性格が顕われていた。

 錦織のテニスの才能は多くの人が早い時点から見抜いていた。まずは松岡修造をはじめとする日本のテニス関係者が、そしてプロに転向してからも、対戦したロジャー・フェデラーやラファエル・ナダルといったトップ選手たちも早々に「ケイはいずれトップに来る」と口にしていた。しかし、一足飛びにトップ10に食い込めなかったのには、錦織の肉体を駆使するがゆえのケガの多さ、そして同時にこの穏やかな性格にも通ずるメンタル面を指摘する声があった。

 そのメンタル面を公の場で本人にコメントした人物がいる。それが錦織と同じアジア系男子で世界ランク2位まで上り詰めた名選手、マイケル・チャン現コーチだ。2011年、日本で行われたチャリティマッチ後の対談で、直近の大会で決勝まで行きながら、錦織の“憧れ”だったロジャー・フェデラーに完敗したことに言及したチャンは、その場で錦織の犯した「ミス」について追求した。「コートの外ではどれだけ相手を尊敬しても構いません。だけどコートの中に入ったら誰であれ『お前は邪魔な存在なんだ』と思わないといけない。それがあなたのミスだったんです」と強く諭した。

 そのマイケル・チャンがコーチについた昨年頃から、錦織は次第に覚醒したような活躍を見せ、全米オープンの結果が生まれた。

「フィジカル、メンタルの両面が強くなってきているのは自分でも感じています。特にトップ5の選手と試合する時に、強い気持ちで闘いに行くという部分が以前よりも確実にあります。マイケルはメンタル面でも、まるで“洗脳”してくるような感じで何度も強く同じことを言います。『勝てない相手はもういないと思え』というのも何十回も言われ続けてきましたし、特にトップ選手とやる前には『お前はショーをしに行くんじゃない、勝ちに行くんだ』と強く言います。そのおかげで僕も良い意味で思い込めるようになって、自分を信じられる力にもなっています」

一番強い、“無”でいられる状態を作る
 
 通常テニスには試合時間の制限がない。競るほどに試合時間は長くなり、四大大会の5セットマッチになると4〜5時間に及ぶ試合はザラで、それを約2週間の間に7回勝たないと優勝できない。緊迫のポイントの取り合いが続く、肉体と精神の消耗戦を幾度も勝ち抜いた者だけが上位に君臨できる過酷なスポーツだ。錦織やトッププロはなぜそれだけ長時間にわたり集中力を保てるのか。

 「僕は実は多少抜いてるんです。むしろ抜いてないと集中すべき時に“入って”行けないので。もちろん選手によって違います。たとえば(ラファエル)ナダルとかは全ポイントを全力で行ける選手だと思うんですけど、僕の場合はそこまで集中力も続かないので、極力一定の精神状態を保って上にも行き過ぎず、落ち込んだりもなるべくしないようにして、常にポジティブな状況でいられるようにしています。そうして大事な局面になった時にまたひとつギアを上げられるようにしているんです。先のポイントを考えてしまうと、いま何をすべきかということに集中できないので、“無”でいられる時が一番強い状態だと思いますね。“無”でいながらもしっかり頭で考えて、次はどこに打つか、同時に予測もしながら戦う。そういうのを『ゾーンに入っている』とも言いますけど」

 この“ゾーン”という言葉は最近他のスポーツでもさかんに持ち出される言葉だが、その状態を意識的に作り出しているのがこの話からも分かる。そのメンタルの作り方は、試合前はもちろんのこと試合後にも行われるという。全米オープンの決勝を錦織はどう捉えているのか。

 「あの決勝は、自分が試合に入り込めていなかったのが半分、相手の状態が良かったのが半分、その両方が敗因だと思います。いつも試合後にはメンタルの先生と一緒に試合の映像を見ながら、この時はどういう心境だったとか、試合の流れの中で、こういう時はもっと自分で盛り上げなきゃいけないとか、冷静に見つめ直すんです。技術だけじゃなく、メンタル的なところも改めて見返して、今回の結果も次に繋げます」

 大舞台での敗戦も冷静に糧にし、今後の“ゾーン”に入りやすいメンタルをつくりあげる。これが現在の錦織の“強さ”であり、これからの活躍の鍵となりそうだ。

錦織圭(にしこり・けい)
テニスプレイヤー(所属 : 日清食品) / 1989年生まれ。島根県出身。5歳でテニスを始め、ジュニア選手権で3連覇を達成。2003年にフロリダのIMGアカデミーにテニス留学。2007年にプロ転向し、翌年にはデルレイビーチ選手権でツアー初優勝。以降ランキングを上げ続け、2011年には松岡修造の記録を抜き、2014年5月には自己最高の9位を記録。全米オープンでアジア人として初となる準優勝を成し遂げる。