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クリス・シャーマ、33歳。プロのフリークライマー。世界最難ルートとも言われる、全長75メートルの“ジャンボ・ラブ”(アメリカ、クラーク・マウンテン)やディープウォーターソロの“エス・ポンタス”(スペイン、マヨルカ島)の初登を果たすなど、数々の難ルートを落としてきた。世界最強クライマーと称される所以である。

先日、埼玉県にある“クライム パーク ベースキャンプ”で開催された「クリフバー セッション」のためにクリスが来日。日本が誇るクライマー、平山ユージさんとセッションを楽しんだという。そんな彼とのインタビューから、クライミングを軸として世界を旅するプロクライマーの人物像を紐解いていく。

2014年5月にCLIF BAR SESSIONの為に来日したクリス・シャーマ。今回の来日に際して、日本を代表するクライマー、平山ユージさんと安間佐千さん、中島徹さんら­との二子山と瑞牆山でのクライミングトリップの様子をおさめた動画をお届けします。

クライミングは表現活動

クライミングを始めたのは13歳のときのこと。故郷のカリフォルニア州サンタクルーズには外岩のフィールドはなく、クライミングジムに通うようになった。

「母が連れて行ってくれたんだ。それまでは木登りとかサッカー、サーフィンなんかで遊んでいたけれど、初めて壁を登ったときに『これだ!』ってピンときた。もともと高いところが好きだったということもあるし、何よりも『登る』という行為を通じて自己表現できるところに共感したんだと思う。コンペに参加しなければ、クライミングには点数も人との勝ち負けもない。あくまでも自分のペースで、自分なりのスタイルで、壁にラインを描くわけで。だから、終わりがない。一つの課題をコンプリートしたら、もっと他の場所で、もっともっと登りたいというモチベーションが生まれてくる。終わりがないというところも、クライミングの魅力の一つかな」

クライミング歴はすでに22年。かつてアメリカで最も難しいと謳われた“Necessary Evil(5.14c)”を完登し世界の度肝を抜いたのが、わずか15歳のときのこと。以来、ボルダリング、リードクライミング、ディープウォーターソロとスタイル、ジャンルを問わず数々の難ルートに果敢にチャレンジし、初登を果たしてきた。

「初登には特にこだわっていなくて、どちらかというとそこにルートを見いだしたから登りたくなるだけ。山や森に入って岩壁の前で自分の想像力を働かせ、そこにルートを見つけるというプロセス自体が、僕にとっては神聖な作業で、クリエイティヴィティを刺激してくれるんだよね。人がセットしたルートというのも面白いんだけど、やっぱり自分のイマジネーションの中で登ってみたいという気持が常にある」

そういう言葉の端々から、「クライミングはスポーツではなく表現活動」というクライマーならではの哲学が垣間見える。身体を鍛えるためでも、コンペで高い点数をとるためでも、人と競うためでもない。ただそこに美しいラインを引きたいから。それこそが自ら表現したいことなのだ、と。

世界中のクライマーを刺激する

ビギナーからプロアスリートまで、圧倒的なクライミングで多くのクライマーを虜にしてきた。日本の次世代を担うクライマーたちも、クリスのクライミングに羨望のまなざしを向ける。「憧れというか気になるというか、そそられるクライマーです(笑)」というのは、気鋭のクライマー、安間佐千さん。

「自分が得意とするハードルートというジャンルで世界を牽引するクライマーであり、そういう意味での共感や尊敬、また自分もそうやって続けるためにどうしたらいいか答えを持っている存在なのかなって思います。クライマーという部分はもちろん、彼の生き方も気になるのかもしれない。20代の頃、15aというグレードに到達したときのクリスのクライミングを収めたDVDがあるんですが、その時の彼はまだ『拓ききっていない』印象を受けるんです。でも、まるでなにかに引き寄せられるかのように、ひたすら岩を登っている。そして今のクリスのクライミングを見たとき、ものすごい成長を遂げているんです。一方で、自分はまだまだ解き放たれていない。彼が殻を破ったように自分も成長したいって思いますね」

会場となった“クライム パーク ベースキャンプ”にスタッフとして勤務する白數裕大さんは、安間さんの大学の同級生。安間さんに誘われてクライミングを始めたという愛好家だ。平山さんから誘われてクリスとのロックトリップにも参加したが、自然に岩にフィットして流れよく登っていくそのスタイルに感銘を受けたという。

「久々に外岩にやってきて脚の置き方がわからないと、やっぱり力が入ってしまう。でもクリスは一切力を入れず、まるで流れるようにウォールを登っていくんです。ああ、きれいだなって思いました」

「クリフバー セッション」での来日に伴い、クリスは旧友である平山ユージさんとロックトリップに出かけた。「クリスは過去何回か来日しているんだけど、前回はあいにくのお天気で一緒に岩場に行けなかったんです。今回は彼の日程に二子山が入っていたんで、どうせだったら僕の作った難しいルートを触ってくれれば、って思っていました」と平山さん。実際にクリスは平山さんが手がけたルートにもトライ、「まるでクライミングツアーみたい」と、ツーリスト気分で友人とのセッションを存分に堪能したようだ。

「ユージと僕はすごく長いつきあいで、そう、子どもの頃から彼を知っているんだ。長い年月、連絡を取り合っているけれど、彼は出会ったころと少しも変わらないモチベーションでクライミングに向き合っている。そういう点でも心から尊敬している友人の一人。日本は、安間くんほか優秀なクライマーを数多く輩出しているけれど、中でもユージはその道を切り拓いたという意味で傑出した存在じゃないかな。それにしてもクライマーにとって必ずしも環境が整っていない状況のなか、これだけ強いクライマーが揃っているんだから、日本のクライマーはいずれも驚くべき存在だよね」(クリス)

「クリスを初めて見かけたのは’95年、ニューポートでエクストリームがあったとき。そこに有名なクライマーに交じって、まだ14、5歳のクリスがいました。『すごい少年がいる』って噂では聞いていたけれど、まるで無尽蔵のエネルギーがあるようで延々とアップし続けていたことを覚えています。あれから20年近く経って、当時と比べたら格段に洗練されたクライミングをするんだけど、変わっていないのは岩と同化するのが早いこと。『登りたい』という気持が高ぶってきたら、そのまま岩に飛びついちゃう(笑)。僕はある程度準備してから登るタイプなので、ああいうのを見ると驚きますね。自分が作ったルートだから、難しさはよくわかっているんですよ。安間くんさえもそこそこ苦労しているなかで、クリスはぱっと飛びついてさくっと登っちゃう。時差ボケもあって疲れている雰囲気なのに、岩を前にするとチャンネルが変わっちゃうみたいなんです」(平山)

旅するクライマー

クリスの日常はせわしない。スポンサーのために世界各地を旅し、クライミングイベントに参加し、あちこちを飛び回っている。「もっとシンプルな暮らしを送りたい」と言いつつ、その願いはしばらく叶いそうにもない。

左から、クリス・シャーマ、平山ユージ、安間佐千、白數裕大。

「ひとつのことをうまくやってのけたいと思ったら、やっぱりそこに100%集中しないと。いまの自分にとっては、クライミングがライフスタイルの中心だから。イベントにしろ、旅にしろ、その目的には必ずクライミングがある。家族や友人にもっと会いたいし、ビーチに出たりハイクに出かけたりもしたいけれど、やっぱりそれよりもクライミングかな。クライミングに打ち込むことで他のことにも集中して取り組めるし、周囲の人たちを大切にすることができる。クライミングで自分がハッピーになれたら周りの人もハッピーになると思うんだよね」

自身のクライミングを追求し続けるのともう一つ、クリスが情熱を傾けているのがLAの近くにオープンさせたクライミングジム、“センダーワン”の運営だ。

「ユージがここ(“クライム パーク ベースキャンプ”)を開いて、クライミングを取り巻く環境整備を行ったように、僕もたくさんの人がクライミングに触れられるような場所を提供していきたい。経験者はさらにそのスキルを高めていけるよう、僕なりに手助けできたら幸せだな。クライミングの醍醐味は、こうして世界中の国の人たちと言語や文化を超えてセッションして、共に笑い合えるところだから。こういうコミュニティをたくさん作ってたくさんの人と共有できたら、それはすばらしいことだよね」

クリス・シャーマ(Chris Omprakash Sharma)

クリス・シャーマ(Chris Omprakash Sharma)

プロフリークライマー。1981年4月23日、カリフォルニア州サンタクルーズ生まれ。世界で最初に認められた5.15aのルート「Realization (9a+/5.15a)」やディープウォーターソロの「Es Pontas(5.15b?)」、世界最難ルート「Jumbo Love (5.15b)」の初登を果たすなど、現代において最も成功したフリークライマーのひとりとして知られている。