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(写真 藤巻翔 / 文 村岡俊也)

「初めてのレースは、スリーピークスがいいんじゃない?」。

今年6月に第二回が行われた〈スリーピークス八ヶ岳トレイル〉。多くの先輩たちからの初レースのレコメンは、アットホームかつ多様な景色を楽しむことができる八ヶ岳山麓のレースだった。

トレイルランというスポーツの魅力を凝縮したレースであることは、無事に完走した直後に、いや、走っている最中からも感じられた。エイドステーションでのボランティア・スタッフとのやり取り、日本を代表する選手たちの笑顔、そして走ることの楽しさを教えてくれる変化に富んだ風景。裾野が広がり、多くの問題が顕在化しつつあるトレイルランだが、その根本にどんなものがあるのか、〈スリーピークス八ヶ岳トレイル〉という、まだ新しいレースをテーマに考えてみたい。

コースの面白さが、大会を盛り上げている!?

「やっぱりコースかな」と〈スリーピークス〉の魅力を語るのは、2大会連続で優勝を遂げた松本大選手。「山の素晴らしさ、眺望の素晴らしさ。距離は短いけれど、やっぱりキツい(笑)。アップダウンがあるからこそ見ることのできる景色ですかね」とレース直後にコメントをもらった。「スカイランニングの競技者という立場から見ても、ここは高地であり、国際基準を満たしているから、ぜひレースにくわえて欲しい」と語っていた。

標高2,000m以上の登山道を走るスポーツであり、トレイルランニングの一分野でもあるスカイランニングを広める松本大選手。大会連覇を遂げた。

また、地元・山梨のヒーローでもある山本健一選手は、「短い割にはすごく激しい部分が1時間半くらいあるから、満足度がとても高い」という。やはり「コースの面白さが、大会を盛り上げている」のだと。

山本健一選手は、自身が顧問を務める韮崎工業高校・山岳部の生徒たちと参加。地元の大会を満喫した。

 当たり前のことだが、レースの基本は、そのコースにある。エントリー用に23km、経験者向けに38kmというふたつのコースが設定され、そのどちらもが、経験値にあった魅力を提供してくれる。〈スリーピークス八ヶ岳トレイル〉の事務局長であり、このレースの生みの親である松井裕美さんに話を聞いた。

スリーピークス八ヶ岳トレイル実行委員会事務局長の松井裕美さんと、コースディレクターの小山田隆二選手

「実際にコースを設定してから、友人であるトップ選手の菊嶋啓選手に試走してもらいました。どうすれば受け入れてもらえるのか、菊島選手ほか、多くの方からアドバイスをもらっています。23kmは、本当に初めてトレイルランの大会に出る方に向けに、38kmは、経験者向けに設定してあります。距離的にはそれほどではありませんが、スタートの標高がおよそ1000m。38kmでは、そこから一気に2500mまで登ります。このアップダウンの激しさは、実は高度順応が必要なレベル。トップ選手でさえ、高山病になることがあるほどなんです。トレイルランは、距離ではなく累積標高にこそレースの難しさ、面白さがあることを示しているのではないかと思います」

トップ選手がサポートランナーを務めるワケ

 この高度順応にこそ、ひとつ地元への還元というレースの意義がある。高度順応のためには、前泊、あるいは試走の必要があり、そのために八ヶ岳へと通うことになる。実際にマラソンや自転車のレースも多く行われている地域だが、地元の人たちからも「トレランの人たちは、レースじゃない時もいるよね」という声が聞こえるのだそうだ。毎年6月のレースが、地元へ人を誘う呼び水となっているという。

 23kmのコースでは、武田信玄が開発したとされる棒道を通る。馬の通り道として知られ、レース中もところどころで馬が沿道で応援してくれる。あるいは38kmでは、三ツ頭という八ヶ岳の山を目指す。松井さん曰く「マイナーではあるけれども、そうは言っても八ヶ岳」という三ツ頭からの風景の美しさは、トップ選手をして「かなり、辛い」と言われる急登に対するご褒美だろう。トレイルランは、土地そのものを存分に楽しむスポーツなのだ。風土を生み出す地形であり、“道”に凝縮された歴史であり、固有の風景を楽しむもの。そこに自身の走る喜びが加わる。それぞれのランナーの走る喜びへのサポートについても、〈スリーピークス八ヶ岳トレイル〉は深く考えられている。松井さんは言う。

「リタイアする人が多いのは、好きじゃないんです。私自身もゴールに帰って来られなくて、切ない想いをしたことがあるので(笑)。そのためのひとつの工夫として、トップ選手に励まし役をやってもらおうと。ピークである三ツ頭をクリアすれば何とかなると思っている方も多いんですが、その後が実は辛い。それでトップ選手である加藤淳一さんと上宮逸子さんに一緒に走ってもらい、励ましながらみんなを返して欲しいとお願いして。即答で、『やってみたい』とお返事をいただけました。それから安全のためでもあるんですが、多くの誘動スタッフを配置しています。やっぱり、人の気配が感じられると頑張れるから」

昨年に続き、参加した上宮逸子選手は今大会はサポートランナーに徹し、多くのランナーの走りを後押しした。

レース後、上宮逸子選手は「ひとりひとりにいろんな戦いがあるんだなって。速く走ることだけではなく。写真を撮りながら一緒に走ることができて、すごく楽しかった」とコメントしている。

この言葉にも、レースに参加する意義が隠されているように思う。高校教師でもある山本健一選手は自分の生徒たちに「ただ自分が決めたレースをするように」伝えるのだとか。その自分のレースをサポートする体制が、〈スリーピークス八ヶ岳トレイル〉にはある。

レースを通して、トレイルランナーの意識を変えていきたい

「運営側も素人だし、自分たちがこんなレースがあったらいいなという思いで作っています。だからこそ、大きな企業がスポンサーについたトップダウンの大会ではありません。一緒に来ている家族が退屈しないようにマルシェを開催したり、フットパスで歩いたり。さまざまな趣向を凝らすのも、いろんな立場の人が運営に参加してくれているから。ただ走って帰る大会ではないものを作り上げていきたい」

「いろいろな立場の人」には、山岳ガイドや医師など、トレイルランナーではない人たちも含まれる。レース後、彼らからは安全面での提言があった。レースの途中で雨が降ってきたために、防寒具の必要性があったが、持参していない参加者も多かったという。実際に低体温症になりかけた参加者もいた。

「あの軽装で山に登るのか?」という提言は、トレイルランナーの意識の問題にも繋がっている。あるいは万が一に備えたAEDや山間部での医療の問題についても話があったという。大会のレギュレーションを変えれば済むという問題ではない。

 〈スリーピークス八ヶ岳トレイル〉を運営する事務局の意識の高さに、はたして選手たちは見合っているのか。多くの参加者を集めながら、レース後にコース上にはごみひとつ落ちていなかったという。

トレイルランは、高貴なる野蛮人のスポーツであることを今一度、肝に命じたい。

スリーピークス八ヶ岳トレイル大会概要
■開催日 2014 年6 月8 日(日)
■開催場所 山梨県北杜市
■距離 One Pack Line 38k /Attack Line 23k
■募集定員 One Pack Line 38k / 400 名 Attack Line 23k / 350 名
上記に加え、前年度上位入賞者、ゲストスタッフ、地元枠は出場権あり

■コース
[One Pack Line 38k コース]
三分一湧水館スタート-棒道-編笠山展望台-観音平-前三ツ頭-天の河原-八ヶ岳横断歩道-鐘掛松-棒道-三分一湧水館ゴール
[Attack Line 23k コース]
三分一湧水館スタート-棒道-鐘掛松-八ヶ岳横断歩道-鐘掛松-棒道-三分一湧水館ゴール