2014.08.12 - 21:00

スピードを追い求める覚悟 大迫傑

(写真 依田純子 / 文 井上英樹)

21世紀に入った頃、長距離選手がさらなる領域に到達するためのプロジェクトがアメリカ・オレゴン州ポートランドで始まった。プロジェクト名はナイキのおひざもとである地名を取った「ナイキ・オレゴンプロジェクト」。指揮を執るのはニューヨークシティマラソン、ボストンマラソンなどで優勝経験のあるアルベルト・サラザール氏だ。プロジェクトに参加するのはモハメド・ファラー(イギリス)やゲーレン・ラップ(アメリカ)など、オリンピックや世界陸上ですでに結果を出したスター選手たち。そして将来、オリンピックや世界陸上でメダルを狙う実力を持つ選手も練習を共にする。このプロジェクトに2014年の春から参加している日本人選手がいる。大学駅伝や10000メートルで輝かしい成績を残している大迫傑選手(日清食品グループ)だ。

一時帰国した大迫選手に話を聞くため、千葉県のある競技場を訪ねた。

トラックに線の細い男性がいた。大迫選手だ。挨拶を交わすと、一瞬だけ目を合わせ、すぐに違う方向を向いてしまった。陸上競技者は孤独な気分をまとっている選手が多い。

インタビューはトラックを眺めながら、スタンドで行った。大迫選手の目は誰もいないトラックを見つめている。ポートランドでの暮らしを訊ねると、陸上競技の話ではない気楽さからか、少し頬が緩む。

オレゴンでの生活。常に練習の中で計画性を持つこと。

「日本の夏はとても暑いけれど、朝晩はとても涼しくて、練習をするには最適な場所です。街の人はみんなスポーツが好きなんですよ。練習をしているすぐ側にナイキの会社があるんですが、アスリートではない、普通の社員の方も昼休みなると、サッカーをしたり、クロスカントリーコースを走ったりしている。クライミングウォールまであるんですよ。誰もがアクティブに動いている。このことに一番驚きましたね」

ナイキのオレゴンプロジェクトの感想を訊ねると、緩んだ頬が引き締まり、陸上選手の顔に戻った。

「日本のトレーニングと大きく違うのが、『常に練習の中で計画性を持つこと』ですね。目の前の大会にこだわるのではなくて、その先にある『自分が記録を出すべき大会』を常に念頭に置き、その大会に向けて段階を踏んでいくという感じで、日々トレーニングをやっています」。

大迫選手にとって「記録を出すべき大会」とは、もちろん「2020年東京オリンピック」を指す。

「そこでマラソンで金メダルを取りたいと思っています。そのために世界陸上やほかの大会を戦っていく。これが自分の中の最終目標です。ですが、プロジェクトに参加している選手たちは自分よりもずっと速い選手です。今はついていくので精一杯なんです。だからこそ僕のスピードが上がっていく。頑張って、トップ選手についていこうとするから、早くなるんだと思っています。これは高校時代に近い感覚ですね。その頃も、全く結果が出なかったんですけど、練習をすることによって、結果につながっていたので。たぶんオレゴンでの環境も、練習が今よりできるようになると、しっかりと結果はついてくるんじゃないかなと思います」

インタビューの数日前に行われた「第98回 日本陸上競技選手権大会」の10,000メートルではプロジェクトでの「結果」は出ることはなかった。ラスト2周でトップに立ち、このまま優勝かと思われたが、最後に佐藤悠基選手(日清食品グループ)に抜かれてしまい、2年連続2位という結果に終わった。しかし、本人はさほど気にしている様子はない。

「なんでラスト2周でトップに立ったんだ、という人もいたけど、あれは最初から決めていたんです。だけど、そこで抜かれてしまった。それは自分の戦略に見合うだけの力がまだなかっただけで。結果として負けてしまったので、力不足だなと思っていますけど、徐々に同じことをして勝てるようになると思っています」

トレーニング面での日本との違いは、体幹を鍛えるコアトレーニングを重視することだそうだ。また、筋肉も「走った後から付いてくる」結果論的なトレーニングではなく、走りに必要な筋肉を分析し、その筋肉を狙って鍛える。

誰かのためにやって、自分が強くなるわけではない

「トップレベルの選手に合わせたトレーニングができるというのも大きい。駅伝の場合だと、底上げを考えてみんなに合った練習メニューをしなくてはいけない。駅伝は団体競技のように言われることもあります。だけど、僕はやはり個人競技だと思います。他人のためにやっても自分が強くなる訳ではない。僕は大学の駅伝のトレーニングの時にも、常に『自分のためになにが必要か』を考えてやってきました」。

この日、大迫選手の目が一番鋭くなった瞬間だった。あまり、饒舌とは言えない大迫選手が堰を切ったように話す。

「結局は、自分との『個々の戦い』に勝ったチームが勝つと思うんです。もちろん、チームワークも大事ですけれど、それ以上に『個々の戦い』は重要です」

しかし、「駅伝は団体競技」だと思っている人との間で軋轢はなかったのだろうか。

「そうですね。だけど、冷静に考えたらどちらが大事なのか、実際にやっている人ならわかると思うんですよね。トップクラスの選手たちは、本当にプロフェッショナルだなと感じます。日本の選手はお酒を飲む人が多いんですけれど、プロジェクトに参加している選手はほとんど飲みません。それは、覚悟の違いだなと思う。実業団に所属していると社員して守られる。しかし、トップ選手たちは、プロとして結果を出さないといけない。そこに『覚悟の差』があるんだろうと思います」

ポートランドでの大迫選手のトレーニングは、スピードトレーニング、距離走、ペース走をどれも偏らずにバランスよく走っているそうだ。距離にして1週間に160キロ前後。距離に関しては言えば早稲田時代と同じくらいだという。しかし、一番の違いは「ロードを走らない」こと。選手の足への負荷を考え、オレゴンプロジェクトでのトレーニングは、ほとんどロードを走ることはない。

「芝生やウッドチップを敷いたクロスカントリーコースを走っています。ロードを走るより、その方が絶対に足に優しいですし、脚力も付きます。ほかの選手もロードを走る人はいないですね。サラザールコーチは、真面目な感じですね。プロジェクトではコーチと選手はいろんなことが言い合える関係なんです。決してトレーニングは強制的ではなくて、ディスカッションをしながら練習プランを組み立てます。そして、練習の後「どうだった?」と必ず聞かれます。そのフィードバックが練習メニューに反映されるんです」

常にいい物を求めている。僕は道具が変わることに不安はない

7月に発売された「ナイキ ルナスパイダー R5」は大迫選手のプロジェクト期間中に感じた意見が反映されていると聞いた。実際にどのようなフィードバックが行われたのだろうか。

「僕は柔らかいソールが好みなんです。だけど、反発力も欲しかった。『衝撃を吸収してくれるけれど、距離をちゃんと走った時に引っかかるように』と担当者にお願いしました。ソールが硬いと接地の時に足が疲れてしまので、柔らか目がいいんですけれど、それだと蹴り出しの時にフニャッとしてしまうい、推進力がなくなってしまう。やっぱり硬さがあったほうがいい。……これ、矛盾した要求なんですけれどね(笑)」

ランナーにとって、ほぼ唯一の「道具」と言ってもいいのがシューズだ。選手はシューズのフィット感、クッション性、反発力、グリップを自分の物にして、試合に挑む。その相性でレース展開が大きく変わることもある。しかし、重要なシューズを変えることに対し、大迫選手はあまり不安は無い様子だ。

「常にもっといい物を求めているので、僕は道具が変わることに対してあまり不安を感じないんです。特にこのシューズは、すごく意見を取り入れてもらっているし。初めて履いた時、しっくりときました。これまで使っていたシューズは、接地は柔らかだった分、蹴り出した時に少しだけ反発が弱かったんですが、これは接地がそのままで、なおかつ蹴り出しの時に強い推進力がある。とてもいい靴に仕上がったと思います」

オリンピックや世界陸上は、国同士の威信をかけた戦いの場だ。そのため、ナショナルチームが作られ、各国でしのぎを削る。しかし、「ナイキ・オレゴンプロジェクト」ではアメリカ人が主なメンバーだが、イギリス人、カナダ人なども参加し国が違ってもライバル同士が一緒に練習に励み、トレーニング方法などを共に共有する。実にユニークな試みだ。

「ライバル同士ですけれど、みんな楽しくやっていますよ。仲間と大会で勝負をすることは、特に違和感はないですね。ライバルだからといって、練習からバチバチと火花を散らすと互いに疲れて、潰し合いになってしまいますからね。みんな切り替えはできていますね。世界のトップレベルの人たちと一緒に走れることで、常にワクワクしている。その人たちと練習することによって、自分がどう変化をしていくのだろうと思います。苦労しているのは、英語ぐらいですね。いつか、話せるようになるのかなあ(笑)」

大迫傑(おおさこ・すぐる)
1991年5月23日生まれ、東京都出身。早稲田大学スポーツ科学部卒業。

自己記録 5000m:13分20秒80
     10000m:27分38秒31
     ハーフマラソン:61分47秒

大迫選手も登場している、スポーツを通して新たなチャレンジを応援する“JUST DO IT. キミの一歩を踏み出そう” がスタートしています。新しいチャレンジをムービーや写真におさめ#JUSTDOITをつけて投稿できる。詳細は、NIKE.COM/JUSTDOITで。