2014.07.14 - 21:00

想像力が自分自身を成長させる 安間佐千

(写真 DYSK / 文 村松亮)

小学校から中学校にあがるときにクライミングと出合い、瞬く間にその実力を国内外で発揮してきたクライマー、安間佐千さん。10代の頃から彼自身が慕う世界的な日本人クライマー、平山ユージを超える逸材として注目を浴びてきた彼は、その期待にこたえるように輝かしい記録を残してきた。2012年にはワールドランキングリード種目年間優勝、ワールドカップリード種目年間優勝、そしてワールドカップ全種目年間総合3位に。続く2013年にワールドカップリード種目年間優勝と、見事2連覇を達成した。現在は、adidasのグローバルアスリートとして活躍し、世界を転戦している。

これほどまでのクライマーがどのようにして生まれたのか。クライミングと出合った少年期の記憶から、人口壁で競い合うコンペと、大自然の外岩を完登するロッククライミングの違い、また強いクライマーを作る要素とは何か? など、3日間に渡ってじっくりと話を聞いた集積をお届けしたい。

思春期とクライミング。
唯一、考える時間をくれたもの

“良いことをしてでも悪いことをしてでもいい、僕は有名になりたい”

小学校6年生のときに、新しいクラス替えがあって、僕は自己紹介でそんな発言をしたんですよ。でも当時の僕はといえば、その言葉とはだいぶかけ離れていました。習ってた水泳も、サッカーも、好きだったのは始めだけ。むしろ、どうにか休めないかと一生懸命考えているような子だった(笑)。

でもその頃から、漠然と“何か飛び抜けたことをしたい”という意識は強かったんです。

小学校4年生のとき、母親が家を出ていきました。だから僕の中には母親が伝えてくれた言葉ってそんなに多くはないんですけど、印象に残っているのが「佐千くんはすごい特別なんだよ」って。多分、その意識だった。現実があって、でもそれとは別のところで、自分は何か違ったことができるって信じてた。

(写真 kohei adachi)

それでクライミングと出合う。小学校6年生の終りの頃に。父親は山に登る人だったんですけど、ある日、クライミングジムに連れていってもらった。いざやってみると、今までのサッカーや水泳とは違って、「あ、コレ(クライミング)ならできる」って手応えがあったんです。

そこからは、思えばあっという間でしたね。

当時の僕は、登るときにいろいろな感情を持ち込んでいたと思うんです。「自分は愛されてないのかな」とか、多感な頃だったので、そういう湧き水みたいに溢れてくる気持ちを、クライミングの中に収めていました。登りながら、でも考えながら、ぼーっとしてる。それでいて、フィジカルではクライミングに必死になっている自分がいた。

多くのクライマーが言うように、“クライミングしながら考える”そんな状態ですね。登りながら考えることが習慣になったので、自分の思考パターンにも気づけるようにもなりました。クライミングを介して自己分析をはじめて、色々な気づきがあると、また自分が次に進めたりするんです。

スポーツクライミングとロッククライミング。
人工壁と外岩を登る感覚の違い

人工壁って、次にどのホールドを掴むのかがかなり明確になっています。ルートを決めて、目印となるしるしに沿って進んでいけばいい。でもこれが自然の岩になると、まずルート自体が見にくいんです。一枚の岩の中にホールドが隠れていて、まずはそこで苦労しますよね。

一概には言えませんけど、人口壁はホールドの形もシンプルで、ある種、人間の力で掴みやすいようになっています。たとえば思い切ってムーブしても、人口壁では止まるところが、自然の岩となると、止まらない。自然の岩では、もっと細かくて、繊細なんです。だから人口壁と外岩では、同じ掴む行為でも“小指をこうして、薬指なんかはああして”って複雑に組み合わせていかないとホールドすら掴めない。人口壁と外岩とで同じムーブがあったとしたら、人口壁は1つの意識で次に進めるけど、岩場は3つぐらいの意識が必要になってくるんです。

必然的に、外岩を登ることで感覚も神経も筋肉も繊細になり、スキルを高めることができると思います。あとは、自分が凸凹したものに合わせるのには、自分自身を柔らかくしなきゃいけない。これは自然と対峙するスポーツすべて共通する感覚だと思いますね。

僕は、まだまだ硬いんですよ。それもあってか、今はクライマーとしての意識がコンペよりも、どちらかというと自然の岩にフォーカスされていて、岩場の経験を積み、その合間に人工壁でトレーニングをするようなサイクルになっています。大会へは出場しますが、結果にそこまでこだわってませんし、正直どうなるかもわからないんです。

このバランスになれたのも、ここ最近のことですね。振り返ると、僕は2011年頃まではコンペの為に年間のトレーニングメニューをすべて考えていましたから。でも2011年以降、スタイルががらっと変わりました。

2011年は、過去最高にトレーニングに励み、万全の準備で臨んだ年でした。でもその結果は、自分の中の常識が崩れるほど、ヒドいものだったんですね。バーンアウトとでも言うんですかね、これまでにないワースト記録の成績で一年を終えることになるんです。

それで一度、トレーニングも控えて、のんびりしようって思ったんです。頻繁に外岩へも行くようになり、トレーニングメニューが変わりました。気持ちもかなり、ラクになったんですね。すると、翌年の2012年、さらに2013年とワールドカップで年間チャンピオンになるんです。

正直、“何が自分に起きてるんだ?”って不思議な感覚でした。これは今でも、よく分かっていませんね(笑)。

自分にしかできないことがある
僕の土台ってなんだ?

クライミングの歴史を見たときに、外の岩を登るロッククライミングがあって、その流れで人工壁を登るコンペっていうものが生まれて、いまやスポーツみたいになっています。一方で、本来のクライミングは、山登りの延長で、山頂を目指すテクニックのひとつだった。そういう文化と環境が、ヨーロッパとかにはあって、その土台があって成長してきたクライマーと、僕のような、どちらかというとコンペから始まってるクライマーとでは、あまりに育ってきた環境が違うんです。

だとするとやっぱり、僕自身の視点から道を切り開いていくっていうのがやるべきことなのかなって、最近になって思うようになったんです。

ここ何年かで僕も外の岩を登る機会がだいぶ増えました。ロックトリップに出かけ、世界中のクライマーたちとセッションしてきた中で、“どうやったらもっとロッククライミングを習得できるんだろう”って、彼らから多くを学ぼうとしてきましたけど、自分は彼らとは違う人間で、土台も違う。自分にしかできないことがいろいろあるんだろうなって考えるようになってきたんです。

この日は、来日していた世界的なクライマー、クリス・シャーマを歓迎するセッションを二子山にて実施。左から、クリス・シャーマ、平山ユージ、安間佐千、白數裕大。

その瞬間を想定して準備する。
想像力が自分自身を成長させる

クライミングの一番の魅力は、極限までイメージできた可能性の実現。そういうものだと思います。ルートを眺めながら「もしかしたら登れるかもしれない」と想像しますよね? そのイメージ通りに身体が動き、ルートを完登する。多分、その想像力が人を成長させてくれると思うんです。想像力というか、夢みたいなものかもしれない。これはクライミングだけじゃなくて、スポーツにも、人生にも共通することだと思いますね。しかもときおり、ブレイクスルーというか、自分の想像を超えて、これまでの常識が覆っちゃう瞬間もある。僕自身のクライミング人生の中でも少ないですけど、そういった、今までの思い込みが壊れて、新しい発想に変わる瞬間はありましたね。

目標をもったら、あとは準備、それまでの。その瞬間を想定して、登っていない時間でも、登っているんですよ。登ってなくてもずっとクライミングをしている。日常とつながっているんだなぁって感じますよね。

安間佐千(あんま さち)
1989年9月23日生まれ。栃木県出身。12歳のとき、父の勧めで始めたフリークライミング。わずか1年でジュニアオリンピックのユースB(16歳未満)で3位に入賞するなどすぐに才能が開花。日本選手権3連覇や2009年ワールドカップリード種目年間総合3位、ワールドカップ全種目総合2位と輝かしい記録を樹立し、世界を転戦。2011年にはスペイン・オリアナの”Pachamama”(5.15a)を第2登するなど日本が世界に誇る最強クライマーの一人で現在、Adidasのグローバルアスリートとして活躍中。2012年には、ワールドカップ初戦で平山ユージ以来、日本人として12年ぶりの優勝を飾る。続く2戦目でも連覇を達成。この年には、ワールドランキングリード種目年間優勝、ワールドカップリード種目年間優勝、ワールドカップ全種目年間総合3位という記録を残した。