オキナワから帰ってきました。

わたしのレースの成績は、88位という実に平凡で順位があるのが不思議なくらいの数字ですが。

とりあえず、「無事に」帰ってきました。

オキナワのレースは、この「無事に」というのを括弧に閉じたくなるくらいに危険なレースでしたので、今その心境に居る事ができていることに安堵をしています。

自転車のロードレースでは、市民レベルであっても平坦は40km/h以上で進行し、下りであれば80km/h弱のスピードで走っていきます。

なのに、肉体を防御する装備はヘルメットくらい。

ほぼ生身を剥き出しにして自転車に乗っているわけです。

そして、集団になって前後左右を密集した状態で走るので、少しでもバランスを崩せば落車になってしまいます。

ただでさえ二輪は不安定なのに!!

もちろん、レースですのでそれなりの操車技術に長ける猛者たちの集まりでレースは進行していくのですが、、、

やはりレースですので何が起こるかわかりません。

ですから、勝負の場面に居ることができなくて悔しい思いよりも、「無事に」走り終えることができた安堵感のほうが先に出てきてしまいました。

勝負を逃してしまったことは、すでに走っている最中の後半にずっと感じていることなので、走り終えてすぐに感じることは、とりあえずホッとすること、ということなのかもしれません。

しかし、この感じは勝負師としては物足りない。

人によっては、成績の悪さをクヨクヨと悩んでしまうことも少なからずあると思います。

そんな自転車競技に熱中をしているあなたの姿に、周囲の人はどうでしょうか。

よほど孤独のままに競技に打ち込んでいないかぎり、趣味の仲間やチームメートが居るのはもちろんのこと。

友人や家族に愛するひと、職場の同僚たちにも知られるところになっていると思います。

そうして、そのひとたちは趣味に没頭するあなたに応援の声をかけてくれることもあるのではないでしょうか。

そんな応援の言葉のなかから、この言葉を必ず言われたはずです。

「無事に」という言葉。

そこにリスペクトがある。

今回、わたしのチームメートたちは4人中3人が目標の完走を達成できませんでした。

それでも、途中でケガもなく無事に走りきるということは達成できた。

これは周囲の期待に最低限は応えたわけで。

そう思って、今年の無念にはとりあえずの区切りをつけて、来年のオキナワにリベンジを目指して大いなる成果を勝ち取っていただこうではないかと思うのです。

こうして、自己満足で終わってしまいがちな趣味の競技生活も、まわりの期待を感じられるようになると打ち込み方も変わってくるのではないでしょうか。

しかし、それでも、

サイの角のようにただ独り歩め