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(文・写真 松田正臣)

働きながらスポーツを続けていくためのヒントを探す連載『Work Life Balance』。今回は今年の春、岩本町にオープンしたトレイルランニング・ショップ『Run boys! Run girls!』のオーナー店長であり、onyourmark bloggerとしてもお馴染みの桑原慶さんにお話を伺いました。

トレイルランニングとの出会いから、わずか2年でお店を開くに至った桑原さん。”全うな商い”をしたいという真摯な想いと、トレイルランニングを愛する気持ちを上手に重ねていくことで、絶妙な”Work Life Balance”が生み出されているようです。

様々な人の繋がりが開店を後押ししてくれた

2011年の春からトレイルランをやりだして、その頃は月に一回15kmを走るくらいの本当にライトなトレイルランナーだったんですけど、その年の秋に『BORN TO RUN 走るために生まれた~ウルトラランナーVS人類最強の“走る民族”』という本を読みまして、すごく煽られたというか掻き立てられたというか、ランニングへのモチベーションがぐぐっと上がったタイミングがあったんです。そんな時にその本の日本版編集者である松島倫明さんとか、「走る.jp」代表でウルトラランナーの山田洋さんとの出会いがあって、彼らに誘われてSTY(翌年2012年春に行われたトレイルランニンングレースUTMFのハーフ部門)という当時の自分にとっては超長距離のレース、当初は90kmといわれていたものが、82kmになったけど、そうしたレースに出ることになったんです。

モチベーションを掻き立てた『BORN TO RUN 走るために生まれた~ウルトラランナーVS人類最強の“走る民族”』

それで出るんだったらもっと走んなきゃっていうことで、週に一回は山を走るって決めて「情報が欲しい、モノが欲しい」ってなった時に、量販店などでもそうしたものがないわけではなかったんだけど、もうちょっと小さいサイズで細かい情報とかカッコいいアイテムとかを扱っているお店っていうのがないなと感じたんです。

とはいえ、その時は自分がお店をやるなんてことは考えていなかったんですが、そうしたことが頭の片隅にあるタイミングで六甲・芦屋川にあるトレイルランニングやファストパッキングのセレクトショップ「スカイハイ・マウンテンワークス(SHMW)」に遊びに行って、オーナーのタクさん(北野拓也さん)と話していると「わ、こんな情報聞いたら、こんな道具を使ってみたい」とか、「もっとこういう風に走ってみたい」とかモチベートされる感じがあって。モノもある、情報もある、テンションも上げてくれるこんなお店ってすごく良いなと思ったんです。

それで東京に戻ってきて、ぼそっとTwitterで「おれトレイルランニングのショップやろうかな」なんてつぶやいたら、この物件をOnEdropCafeのオーナー小松俊之さんが紹介してくれたんです。つぶやいてみたものの、自分の中ではTwitterのつぶやきレベルですよ(笑)。だけど紹介してもらったこの物件がすごく良かったんですね。箱のサイズから佇まいから。あ、ここでお店やったらこんな広がりができるな、とかイメージができてしまって「じゃあ、やっちゃおうか」みたいな感じでトントンっと後押しされるようなことが続いて、お店が始まったんです。

東日本大震災の後、ぼくらにも生き抜く力が必要だと感じた

それ以前の話になりますが、2002年にフットサル場とカフェの経営をする会社を立ち上げたんですけど、2010年に豊洲に大きなカフェを作らせて頂いて、それを別の運営の会社にお任せすることにしたりして仕事がひとつ落ち着いていたんです。豊洲のお店っていうのは、それまで自分たちが運営していたお店の10倍くらいの規模のお店で、大きな会社とも取引をして、一緒に大きなことを仕掛けていくという、ビジネスとしてはしっかりしたものだった。

そういうのを見せて頂いた結果、次は逆に自分一人で責任の取れる範囲の小さいお店をやりたいなと思っていたんです。最初は小さな定食屋をやろうと思っていたんです。背景にはただモノを売るだけの商売にしたくないという気持ちがあって、大げさな話をしちゃうとそれをすることが何か世の中の役に立つことが実感できる仕事が良いなと思っていたんです。定食屋というのは、きちんとやれば、わかりやすくお客さんの健康に役立つことができるなと。でも、そのタイミングでトレイルランニングに出会ったんです。

トレイルランニングを始めて、ぼくも一年前を振り返ってみると自分がここまで成長したっていうのが信じられないくらい、考えられない距離、考えられない時間を走れるようになっている。周囲の仲間もトレイルランニングに関わりだしてから、身体の限界を超えていっていたり、精神もタフになっていったりっていう成長をしている。ちょうど東日本大震災の後だったこともあって、世間が暗かったし、ぼくらにもそういう状況を生き抜く力っていうのを求められているなと感じて、トレイルランニングをサポートするっていうのは、ひいては自分の周りの人たちが少しでもタフになったり、健康になったりすることに繋がるなって、自分が実感できたということが大きかったんですね。

この辺りの経緯は桑原さん自身がMMA blogに詳しく綴っています

開店まで一年の助走期間がコミュニティを生んだ

始めるとは言ったものの、正直ノープランなわけなんですよ。最終的に自分でなんとかすると思ってはいるものの、すべてが未経験のこと。ゼロから習得しながらやらなければいけないなと思っていました。(2012年の)4月1日からこの物件を借りていたので、家賃もかかるし早くオープンしたいと、なんとなく夏頃オープンと見積もってたんですけれど、そもそもスポーツアパレルにはサイクルがあって、半年前に展示会があって、展示会で仕入れたものが入ってくる。それで夏のオーダーというのは1、2月で終わっていたんですね(笑)。なのでオープンしてもモノがないという状況に突き当たりまして、じゃあまずは次の展示会に出て、次の春夏シーズン(2013年の春)からのオープンということに決めました。

オープンまでの間に、FBページで情報発信したり、トークイベントを開いたりしてきたことについては、狙ってはやってないけど、今の時代ってこういうもんだよなって肌感覚はありますよね。ただ、モノを売るんじゃなくてトレイルランニングのカルチャーを盛り上げたり、トレイルランナーをサポートしたりっていうところにコミットメントがあるので、モノは売れなくてもカルチャー的な部分ではいろいろできることがあるなっていうのはずっと思っていたんですね。

例えば、人に恵まれているというのか、STYに誘ってくれた「走る.jp」の山田さんから、ベアフット・テッドという『BORN TO RUN』の登場人物が日本に来るからトークショウをやらないかという話を頂いて、『Are you BORN TO RUN?』というイベントを開くことができたんです。どちらかというと走ることのテクニカルな側面ではなくて、ランナーのバックグラウンド、そのひとの人生とかキャラクターとかに迫る、ドラマに触れることで聴いている人が走るモチベーションを得るというような魅力的なイベントになって、第五回まで続いています。

イベント『Are you BORN TO RUN?』の様子はonyourmarkでも度々レポートしています
Are you BORN TO RUN? #01 裸足ランの伝道者“ベアフット・テッド”がやって来た
Are you BORN TO RUN? #02 鏑木毅 生き様を表現するのがトレイルランの魅力

そうやってモノを売ること以外でも、やれることはやっていこうと考えてはいましたね。それが結果的に『Run boys! Run girls!』っていう店なのかグループなのかが居て、なんかやってるぞっていう感じは出せたんだろうなとは思いますね。

お店の紹介をするときにいつも引き合いに出すのは、先ほど話した六甲の『スカイハイ・マウンテンワークス』さんだったり、ジャンルは違うんですが三鷹でウルトラライトのハイキングギアを扱う『ハイカーズデポ』さんだったりするんですよね。どちらもオーナーが超ハードコアで、知識の量から、人をモチベートするところから本当に凄いので、そういう方々と自分を比べてしまうと経験も知識もまだまだだなと思う部分はあります。ただ、お店をやるって決めてからモノに触れたり、自分もそういう目線でモノを見るようになったり、実際に使ってみることで、自分の言葉で喋れることが増えてきたというのは事実なので、この一年で少しはやれるようになったかなと思います。でも、お客さんも本当にコアな方が多いので、いまやみんな情報を持っているし、必要であれば自分でモノを作ってしまうようなひとも沢山いて、良い意味での緊張感は常にあるかなと思います。

そうは言っても間口の広い商品も取り揃えたりしているのは、ぼくのキャラクターもあると思うんですね。一方でハードコアを志向しながら、このお店を使ってやりたいことっていうのはトレイルランニングのカルチャーをサポートする、ひいてはトレイルランニングに触れる、そうじゃなくてもただランニングを始めるっていうんでも良いんですけど、少しでも多くの人をより健康にだったり、よりタフにしたいと思っているので、間口は広い方が良いんですね。ランニングをしたことないんだけど、ちょっと始めてみたいとか、可愛いギアとかウェアがあれば走るのになっていう、ランニングを始めたいときに妨げになるいろんな心の動きとかあると思うんですけど、そういうのに応えたいし、ライトな人がのめり込んで行くきっかけを沢山作りたいというのは意図していますね。

玄人からエントリーランナーまで間口が広いのが『Run boys! Run girls!』の魅力

仕事と生活を分けては考えない

ワークライフバランスと言ったときに、まず仕事と生活を分けて考えてはいないんですね。自分が興味を持てることであれば、仕事も生活もごっちゃになって上手くやれるなっていう感覚があって。逆にぼくは、仕事はキッチリやって、遊びは別の時間でキッチリやってっていうのができないタイプで、興味がないことは仕事でもできない。先ほど話した通り、テーマとして自分が本当にのめり込んで、しかも仕事として楽しんでできることを次の仕事にしたいなと考えていたので、実際このお店をやるということでワークとライフの筋が一本通った感じはあります。走ることは自分の楽しみでもあるし、得た経験をお店にフィードバックして人に伝えて行くみたいなことが繋がったので、それは自分の中ですごく良いものをテーマに仕事にしたなというのはあります。

確かにお店を始めたことで自由な時間がぐっと減ったんです。ただ、お店のWEBサイトやFBページで伝えているんですけれど、レースの日だったり、貴重なランニングの機会があるときは、ぼくはそっちを取って走りに行こうと思っています。やっぱりぼく自身がトレイルランニングを楽しんでいないとそれは伝えられないし、経験を積んだりレースで速くなったり楽しめたりしてないとその経験をお客さんに伝えられないので、それはお店をやる上で必要不可欠なものだと思っています。それはお客さんにもご理解頂きたいなと思っているし、それをご理解頂けるお店とお客さんの関係作りを頑張って行きたいなと思ってます。

反面、営業時間を普通のお店より遅く21時までにしているんですね。仕事が終わってからも来てほしいしっていうところで、平日とかできるだけお店にいる時間はお客さんの要望に柔軟に応えていきたい。21時で終わりだから21時5分に来たらもう入れないよ、とかじゃなくて、ちょっと15分くらい後れそうなんだけど、ってもし連絡があったら「あ、いいですよ、待ってるから来てください」って対応すると思うし。それはサービスする側って、人に仕える側という訳ではないと思うので、”良い関係”ですね、個人店だからできる”良い関係”をちゃんと作っていきたいなというのはありますね。

Run boys! Run girls!
東京都千代田区岩本町2-8-10
03-5825-4534
営業時間 12:00 – 21:00(不定休)