▶何が僕たちを駆り立てたのか?

好きが高じて…というのはどの世界でもよくあることで、友人であるoymのブロガーの千代田君ドミンゴさんはやはりそのノリでmoonlightgear.:ULTRA LUNCH:.を立ち上げたクチ。てもって、僕のRun boys! Run girls!も好きが高じて始まっています。僕はドミンゴさんに誘われてトレランをはじめて、僕も彼も今年の4月に好きが高じたアウトプットの形(ここではあえて”仕事”という言葉は使いません。)として、トレイルランニングショップとヴィーガンパワーフードのサービスをはじめました。

二人ともトレイルランニングを始めてからここまで約2年。逆に言うと2年前はトレイルランニングすらしてなかったわけです。じゃぁ、その短い時間で何が僕たちをたちをそこまで駆り立てたんだ?という話なんですが、それは色んな要素が絡み合っていて一言では言えない。一言では言えないんだけど、その重要な要素のセンターに「コミュニケーションとコミュニティ」というキーワードは間違いなく鎮座しています。

ここから数回にわけて、ランニング経験すらなかった自分がどうやってお店を立ち上げるまでトレイルランニングにはまっていったかを、「コミュニケーションとコミュニティ」の観点から書いていこうと思います。僕やドミンゴさんの例を単純に「行動力のある人」じゃない形で捉えてもらえたら嬉しいし、読む人の中に「人生変えちゃうくらいハマれるもの」を見つける人が出てくれたらそれは本当に嬉しいですね。

▶きっかけはSNSだった。

僕が走りはじめたのは、2010年。当時僕の体重は今より15kgほど重い90kgで、「これはまずいな…。」と言う焦りを感じながら毎日生活していました。そんな中twitterでランニング関連のtweetを目にする事が増えてきた。フェス等で顔を併せる事が多かった大阪の友人達がこぞって走りはじめ、その様子が次々にタイムラインにアップされていく。いついつどこどこを走った、ハーフマラソンに出た、『BORN TO RUN』という本はヤバい、触発されて五本指のシューズを買ってみた、なんて事が、タイムライン上に頻繁に載るようになり、走る事やフルマラソンは他人事と思っていた自分の心理状態が徐々に「僕でも走れるかも。」に変わっていきました。

また、NIKE+の様なランニングアプリでの走行距離をtwitter上にフィードする友人も増えてきたり、とにかく自分の周りにランニングが充満し始めた感じがありました。世のランニングブームという事は多分にあったんだろうけど、SNSによってそれを身近に感じたわけですね。まぁ、特に珍しく無い話です。

そして2010年の12月、心にコツコツためてきたランニングダムがいよいよ決壊。ついに走り出します。最初のランは駒沢公園2周+αの5km。100kmのトレイルを走れるようになった今からするとなんて事無い距離なんですが、この時はこの5kmがスゴい長く、走り終わる頃には吐きそうになっていました。写真はこの時のランニングデータです。

結局、走りはじめの1ヶ月は50kmほど走りました。正直冬で寒かったし、ランニングはやせるために義務的にやってる感が強かったんだけど、ランニングの結果をtwitterにフィードすると「ナイスラン!」みたいなリアクションが得られる事が嬉しくて、それがモチベーションになって走っていた感じですね。

そして、年が明けて向かえた2011年。僕が最初にランニングにのめり込むきっかけになったあるweb上のイベントと出会う事になります。(つづく)