2013.06.30 - 16:23

山本健一 アンドラ170km・未知への挑戦 #01スタートラインに立つ

(文 村岡俊也 / 写真 藤巻翔)

スペインとフランスに挟まれたピレネー山脈のただ中。バルセロナから車で3時間の距離にあるアンドラ公国で行われた100マイルレースに、日本を代表する選手へと成長したヤマケンこと山本健一が参加した。高校教師でもある彼が有給休暇を使って「年に一度の海外遠征」として選んだのが、小国をぐるりと一周する全長170km、高低差およそ1万3000m以上という、世界有数の過酷なレースAndorra Ultra Trail〈Ronda dels Cims〉だった。

レース前日、すでに現地入りして4日目のヤマケンが宿泊するアパートへと訪れる。サポートスタッフとの共同生活で、狭いダイニングキッチンには人が溢れている。ストレスを感じているような素振りは一切見せないが、それでも部屋の中には緊張感が充満しているのが伝わってくる。ヤマケンには珍しい表情だったのかもしれない。レース中でさえ見ることのできない、ストイックな眼差し。アンドラの地形図を広げて蛍光ペンで書かれたルートを辿り、夕方から夜へのセクションを指し示しながら、装備について検討している。2000mを優に超えるピレネーの山中には、数日前に降った雪が積もっているという。コース変更の可能性についても会話をしている。アンドラ入りして以降、ヤマケンは20時30分にはベッドに入り、21時には眠りにつく生活を遵守しているという。試合前日は、15時以降は、独りになって黙々と準備をする。それまでの貴重な時間をもらい、ほんの少し話を聞いた。

アンドラを一周するレース、コース変更により獲得標高は下がったものの、距離は184kmまで延びた

ーまず率直にスタート前日は、どんな気持ちなのか教えてください。

とてもワクワクしていて、早く走りたいですね。それはいつも通りの感じです。レースは走ってみないと分からないから、目標もないですけど、ひとつ言えることは、アンドラの風になりたいなと(笑)。あとはレース中に起こることをすべて受け入れて、それに合わせて自分を展開していくだけです。

ー予想ゴールタイムが30時間強という、今までのレースよりも10時間近く長いものですが、未知の世界に対する恐怖心は?

確かに恐怖心も途中で訪れるかもしれません。でも、それもいいんじゃないかな。多分、今も恐怖心はあるんでしょうけど、ワクワクしている方がはるかに大きい。身体は凄く調子いいですね。膝も大丈夫だと思います。

ーアンドラの印象は?

山は険しいけれど、意外と都会もありますね。僕は田舎住まいなので、街があるのは嬉しいんです(笑)。去年のピレネー(グラン・レイド・デ・ピレネー)の後に、このエリアにはもうひとつすごいレースがあるんだけどって言われて。それがこのアンドラだったんです。僕は足があまり速くないので、フラットなコースよりもアップダウンの多いコースの方が好きだから、この大会は、いいなと。下見で歩いているときに地元の人と話したりしましたね。カタルーニャ語を習ったりして。「ベンガ!」って「頑張れ!」っていう意味らしい。「アニモス!」って、これも「頑張れ!」。

コースの下見を終え、トップの想定タイムと比較しながら、今回のコースタイムを決める

ー仔細に地図をチェックしていましたが、コースはもう頭の中に入っているのですか?

ストーリーはだいたいできています。このセクションは危険だからゆっくりとか、おおよそ頭に入っている。明け方に早く起きちゃうんですよ。寝ていたいんだけど、コースのことが頭に浮かんで来るんですよね。そのときに反芻していて、まあ、いい感じですよ。

ー今日の15時からは何をするのでしょう?

細かな準備です。それぞれの場所の天候を想像しながら装備を考えて、荷造りします。今回は雪があるんで軽いアイゼンと、ゴアテックスのシューズを用意して、夜間はそれを履いて越えようかと。あとは膝が冷えると思うので、普段つけないニーゲイターも。

ー精神面の準備は?

いつも通りの流れで、楽しく生活して。精神面の準備は自分では得意だと思っているので、特に気負わずにスタートラインに立つだけです。コツは、そうですね、普段から楽しく暮らすことかな(笑)。ひとつひとつ感動すること。このアパートでの生活も楽しいですし、感動して感謝すること。それだけですね。

いつも通り、楽しむこと。これから30時間以上を走り続ける男が緊張感を抑えて、リラックスした状況を作ろうとしながら発した言葉が、どれだけの重みを持っていたのか。レース当日、「ひとつひとつ感動すること」という言葉を思い出しては、その言葉の真意を何度も発見することになる。

ヤマケンの未知への挑戦は、6月22日、朝7時にスタートした。「いつも通り」号砲の直前にラインに並んだヤマケンの表情は、前日よりもはるかに晴れやかな、緊張感をエネルギーに変換したような表情を讃えていた。走ることへの渇望が、全身に漲っているかのような立ち姿だった。

【山本健一 アンドラ170km・未知への挑戦 #02 につづきます】

(山本健一アンドラドキュメント#01 TOTAL TIME 2:04 |撮影 松田正臣・よつもとしゅんすけ)
  • 山本健一

    山梨県出身。高校時代は山岳部に所属しインターハイで優勝。大学ではフリースタイルスキーに熱中。現在は高校の体育の教師として山岳部の顧問を務る。

    2008年の日本山岳耐久レースで優勝し、一躍注目を集め、2009年はツールドモンブランに挑戦し、8位と健闘。2012年 グランド・レイド・デ・ピレネー優勝。

  • トレイルランナー山本健一の活躍を支えるスウェーデン発のウェアブランド『HOUDINI』は、フリース素材のアンダーウェア開発のパイオニアであり、機能美を優先するデザイン哲学により、世界中のエクストリームスポーツアスリートの高度な要求に対応したスポーツウェアを開発し続けています。その経営方針は、自然環境に不可を与える生産を行わず、持続可能なビジネスを目指すというもの。全てのプロダクトは開発チームと、スポーツのスペシャリストであるHOUDINI フレンズによりテストが繰り返されています。トレイルランナー山本健一もそのHOUDINI フレンズの一員です。
    http://houdinisportswear.jp/