2013.03.11 - 03:00

松井亮介 歯科医のボクサーが引退前に気づけたこと

歯科医がボクシングを始めたキッカケは、マウスピースだった。大手町、六本木で歯科医院を開業する松井亮介さんは、プロボクサーという肩書きも持っている。マウスピース研究のために、できるだけ実際に使っている人の声を聞こうとジムに通い始めたのが26歳のとき。オーダーメイドのマウスピース製作で特許を取るほどに研究が進んだ一方で、趣味としか考えていなかったボクシングは勢いに任せてプロのライセンスを取得する。戦績は、わずか1戦1敗。37歳を迎える直前、つまりプロのライセンスが失効するその前に、もう一度試合をしたいと松井さんは考えた。試合は、明後日。よく晴れた日の午前中、松井さんの医院で話を聞いた。

友に背中を押されるようにして臨んだ、プロ初戦。

「プロテストを受けるつもりも最初は全然なくて、マウスピースのためにボクシングを始めました。ボクシング自体は楽しくて、フィットネスの感覚でジムのほかの選手の背中を、強そうだな、面白そうだなって眺めていましたね。同じ時期に入門した若い人たちが試合をするようになって、その勢いに巻き込まれてプロにまでなってしまったんです。始めはアマチュアの試合に3戦出て、1勝2敗。負けて悔しかったんですけど、身体がオッサンだからとか、仕事が忙しかったからとか、言い訳もたくさんあって、今思えば、言い訳にすがっていました。強くなることを想像できなかったんですよね。 歳を取ってから始めたスポーツだから、一度できたことが次の練習でできるとは限らないんです。技術を積み上げていくことができない。ものすごい風が吹いている中で、砂場の砂を盛り上げているような、そんな感覚でした。それでも30歳になるときに、トレーナーの薦めもあって、記念にプロテストを受けてみたんです。ちょうど大学院の審査があった頃で、内緒ですけど、ジムには練習しているって嘘をつきまくって受験しました(笑)。

プロテストに受かった後に、大学院を卒業して大井町で開業したんです。予約もあまり入ってなかった時期で、今なら試合できちゃうなって。キャンセルになった試合をたまたま僕が拾って、やらしてください! と手を挙げました。試合に出るつもりも本当はなかったんです。でも、心を病んでしまっている友だちに対して、何か新しいことをやったらいいよっていう話をしたときに「お前が大学院を卒業して歯医者を開業するなんて普通で当たり前のことだ」ってはねのけられてしまった。それで「すごくはないけれども、変われるところを見せてやるよ」って、そいつに言ったんです。それが試合へのモチベーションでした。自分のためではなく、その後、結局は死んでしまった友のためにリングに上がったんです。それで、とにかく、トレーナーに恥をかかせないための練習をしましたね。

やらせてくれる、ケツ持ってくれる人に恥をかかせたくないっていう思いで練習していて、勝敗とか、考えたことなかったんです。でも実際にリングに上がってみて、試合して負けたら、すごく悔しかった。こんなに悔しいんだって。自分がボクシングを好きなことに気づかされたような気がしました。こんなに大変なのに、またやりたいって思うんだと。人のために試合をしたつもりが、本当は試合をやらせてもらってたのかなってずっと考えています。その友人に背中を押してもらったのかなってずっと思っているんです。

5年のブランク、最後の試合。

試合をさせてもらったっていう思いがずっと頭に残っていたんですよね。もしも試合をするチャンスがあったらやってやろうと思って、ライセンスはお金を払い、毎年更新していたんです。でも休みも祝日しかないし、無理だよなと諦めていたときに、今のトレーナーに会ったんです。

朝6時から7時までの間に練習しているヤツが新人王を取るっていう話を聞いて、そんなことが起こるのかと。自分が眠るための時間をちぎって、何かに使うことのできる人間って意志がとても強いですよね? 僕もそういう人たちに乗っかっちゃえって(笑)。そいつは結局日本チャンピオンにまでなっているんですけど、一緒に練習をしていると自分に何がどれくらい足りないのかが分かるようになるんです。だから、方向性がすごく作りやすかった。あとは気持ちを乗っけるだけかなと。

ボクシングはメンタルももちろん重要ですが、うまくなるためにはスケジュール管理が何より大切。この時期にはこれができるようになっていなくてはいけない、みたいな目標を作っては壊し、作っては壊して、何度も戦略を練っていました。高い技術があれば、それだけ戦略にも幅が出る。だから一生懸命に練習するんです。でも、考えないと絶対にうまくならない。

ボクシングを通じて、何が変わったのか?

誰かに見せる、見てもらうなんていうことも考えずに、ただ自分がボクシングに打ち込めることがすごく楽しいんです。見た目が悪かろうが、へたくそだろうが、何を言われても楽しいからやっている。そういう気持ちで身体を動かすことができるのは、動物としては最上級の喜びなんじゃないかなって勝手に思っているんです。

社会の格付けとか、他人の視線とか関係なく、自分の年齢でできる範囲で気持ちも伴って、思いっきり動くことのできる喜びを噛み締めています。引退を目前にして、自分がボクシングをやることの喜びを味わえているのは、ボクシングに出会った頃と比べて、一番変わったところかもしれません。

10年くらい前、ジムに入門したばかりの頃に一緒にボクシングを始めたプロが、最後にスパーリングパートナーをやってくれたんですね。僕をこの世界に巻き込んでくれた人たちが、最後まで面倒見てくれていて、なんだか面白いなって思うんですよ(笑)。試合はやっぱり怖いので、試合に向けたメンタリティは正直ついていないんです。

ボクシングって、いい面もあれば、やっぱり危ないスポーツなので、いいパンチをもらったときはボーッとしてしまうし、恐らく脳の化学が発達するとすごく悪いスポーツと言われてしまうものだと思う。でも、ボクシングをやっているおかげで、今日も一日頑張るぞって思えるんですよ。

引退試合を終えて

——試合当日。年末の後楽園ホール。

試合前の松井さんは、驚くほど明るい表情だった。リングに上がる怖さのようなものを感じている様子はなかった。知人とハイタッチを交わしてリングに上がった後は、あっという間だった。1ラウンドでいいパンチをもらってしまい、そこからは「真っ白になっちゃって」と試合後に語るように、練り上げた戦略も何もない。必死に腕を上げて、ジャブを放った。だが、3ラウンド途中で、レフェリーが試合を止めた。

「えっ?」という表情を松井さんは浮かべていたが仕方がないというのが観客の感想だろう。

「正直、不完全燃焼です。悔しい。もっとやりたいです」と試合後のロッカールームで、松井さんは言った。いい練習をさせてもらったのにと周囲に感謝し、続けて「この一年は、本当に幸せな一年でした」と充実した表情を浮かべた。「中年のオジさんが、こんな気持ちになれた。本当に幸せです」。この言葉の中には、ボクシングの、あるいはスポーツという人間の営みの大事なものが詰まっている。

3ラウンドTKO負け。松井さんの、プロ最後の試合だった。

松井亮介(まつい・りょうすけ)
医療法人ファイブファウンテン理事長 / プロボクサー。ワタナベボクシングジム所属。1975年生まれ。東京医科歯科大スポーツ歯学分野大学院修了後、2006年5月に大井町にまちかど歯科医院開設。2010年7月には分院、東京赤坂に公園前デンタルオフィスを開設。マウスピースの研究のために入会した、ワタナベボクシングジムにて、プロライセンスを取得。ライセンス自動取り消しとなる、37歳になる前日、2012年12月21日(金)に現役最後の試合を行った。

『公園前デンタルオフィス』
東京都港区赤坂6-19-40 秀和赤坂レジデンス202 / 03-3585-6480
休診日: 土~日・祝 13:00~20:30 予約制

マウスピース特許 第4252858号 http://locoplace.jp/t000233026/

(文 村岡俊也 / 写真 内川聡 / 動画 上山亮二)