グアダルペのマリア

小さな教会と学校、スタンドのような商店があるだけの集落グアダルペ。ここは、ウリケの町から7kmの距離にあたり、Y字の周回コースをとる今回のレースでは、分岐右上の先端部分。最初のチェックポイントであると同時に最終チェックポイントにもなる場所です。ウリケ滞在2日目は、このグアダルペへのトレッキングに参加しました。

大会主催のトレッキングツアーが何故か予定よりも一時間早まったのでこれを諦め、ママ・ティタの店でゆっくり朝食を摂ってからグアダルペを目指します。町を抜ける道すがら、ジョグをしているランナーの姿がちらほら。中には元オリンピックメキシコ代表の選手や、メキシコシティの新星と呼ばれる選手の練習風景も目にすることができました。そこかしこにハレの雰囲気が感じられ、少しずつ町がレースの色合いに染まって来ているのがわかります。壁のペンキを塗り替える作業の人たちに「オラ!」と呼びかけるとみんなが恥ずかしそうに笑顔で「オラ!」と返してくれました。

ウリケ2日目 日本人参加者のワラーチ率の高さ!

朝の涼しい時間を利用してトレーニングするランナー

元メキシコ代表のシルバ選手(中央)やメキシコシティの新星と呼ばれるサンチェス選手(右)も

壁のペンキも塗り替え 地元の人々にとっては一年に一度のビッグイベント

昨日に比べ、北に向かうこの日のルートは峡谷が一段と狭く、夜が明けても朝の間は日差しが直接あたることはありません。そのためか、対岸の山肌には緑も見えて、気持ちよいトレッキングが楽しめました。起伏も少なく、レースの際はここで涼しい時間にできるだけ距離を稼いでおく必要がありそうです。

グラダルペの目前になるとトレッキングツアーに参加していた先行グループが、すれ違いざまに現地の様子を教えてくれます。

「グアダルペの小学校では子ども達が素晴らしい催し物をしているよ。タラウマラ族の子どもたちは月曜日になると自分の村から何時間もかけてこの学校にやってきて、金曜日まで過ごし、週末にはまた自分の村に帰って行くんだそうだ。学校には素敵なキッチンもあったよ。とにかく素晴らしいよ」

学校に到着すると残念ながら催し物は終わっていましたが、子ども達とボール蹴りをしたり、教室の様子をのぞいたりすることができました。こうした地域の社会状況を自然にシェアする取り組みが行われているのも、これが単なるトレイルレースではなく、文化交流を中心に据えたイベントであることを物語っています。

タラウマラ族の子ども達はウイークデイをこの学校で過ごし 週末になるとそれぞれの村に帰って行く

空気の抜けたボールで遊ぶタラウマラ族の子ども 木球を蹴るララヒッパリという伝統スポーツがあるので足さばきは上手い

海外から来たランナーと地元の子どもたちが自然に触れ合う場が用意されている

小学校の向かいにあるのは小さな教会。この集落がグアダラルペと呼ばれているのは、教会の中にある『グアダルペのマリア』に由来するのでしょう。『グアダルペのマリア』とはカトリック教会で認められた奇跡のひとつで、1531年メキシコ・グアダルペ(この集落とは別の場所)でインディオのフアン・ディエゴの前に聖母が現れたという物語が基になっています。これがきっかけとなり、1537年ローマ教皇パウルス3世が、インディヘナは理性ある人間として扱われるべきという回勅を出し、インディヘナの迫害を禁じたという逸話が残っています。支配と被支配の関係や、そこで利用される宗教の問題など様々な意味でメキシコの複雑な歴史を象徴するこの聖母像ですが、この国では民族主義の象徴として愛されています。キリスト教と土着宗教の融合を思わせる光り輝く褐色の肌をした聖母像をこの教会でも見ることができました。

外国人、一般のメキシコ人、少数民族であるタラウマラ族が一堂に会して行われる今回のレースもまた、カバーヨがもたらした融合の証といえるでしょう。BORN TO RUNの中では夢のレースを目前に控えた彼がママ・ティタの店でこんなスピーチをするシーンが描かれています。

「ここに集まったみんなはどうかしている」と彼は切り出した。「ララムリはメキシコ人が好きではない。メキシコ人はアメリカ人が好きではない。アメリカ人は誰も好きではない。ところが、ここにはそのみんなが顔をそろえている。しかも、やらないはずのことをやってばかりだ。私はララムリが川を渡るチャボチに手を貸すのを見た。メキシコ人がララムリを偉大なチャンピオンとしてもてなすのを目にした。そしてここにいるグリンゴたちはといえば、敬意をもって人々に接している。普通はメキシコ人もアメリカ人もララムリもそんな振る舞いはしない」
(『BORN TO RUN 走るために生まれた〜ウルトラランナーVS人類最強の“走る民族” 』NHK出版 より)

16世紀よりさらに複雑化した現代のメキシコの片田舎で、様々なものを飲み込んだレースが今年も開かれようとしているのです。

グアダルペの教会 レースではこの教会を回り込んで折り返す

教会の中に安置されたマリア像 よく見ると隣にはトロフィーが並んでいる

トレッキングの帰り道 分岐の橋の袂で川に浸かりクールダウン 実はこの経験がレース本番で役立つことに

ララムリと出会う

ぼくたちが日本でイメージしていたタラウマラ族といえば、民族衣装を身にまとった精悍な走る民族。しかしこの日までウリケの町でそうした姿を見かけることはありませんでした。町の近郊に住むウリケ・タラウマラと呼ばれる人々は居るものの、このレースのために峡谷に散らばった村々から数日かけて集まってくるという人類最強の走る民族=ララムリに出会うのを心待ちにしていたのです。

その彼らとの出会いは突然でした。トレッキングを終えて遅い昼食をとっていたママ・ティタの店の中庭に、音も無く現れたのはララムリの中でも特別な存在であるチャンピオン、アルヌルフォとその家族、キマーレ一族だったのです。独特のドレープがかたち作る緩やかなシルエットのシャツは赤や緑の鮮やかな色合い。伝統的なスカートを身に着け、もちろん足元にはワラーチ(古タイヤで作ったサンダル)を履いています。ほとんどがその伝統衣装にスパンコールが施された派手なキャップを被っているのが可笑しいのですが、まるでそれも伝統衣装の一部のように見えるのは、彼らの威厳あるたたずまいと思慮深げな表情のせいかも知れません。中でも2006年のレースで優勝したチャンピオン、アルヌルフォは特別な存在感を放っています。極端にシャイなララムリにカメラを向けるときは注意するようにという通達が運営側から出ていたのですが、キマーレ一族はローカルヒーローとして君臨しているだけあって、余裕を持って撮影に応じてくれました。

ララムリ伝説のランナー アルヌルフォは2006年大会でスコット・ジュレクをおさえて優勝した

多くを語らない彼らだがその表情には威厳がある

これが本場のワラーチ 個体差はあるものの古タイヤのソールは厚めな印象

そもそもこのウルトラマラソン・カバーヨ・ブランコ(昨年まではコッパー・キャニオン・ウルトラマラソン)は、彼らララムリが、北米で行われるレッドヴィル・トレイル100に参戦し、センセーショナルな結果を残したことがきっかけとなっています。スカートにサンダル姿のメキシコの少数民族が並みいるウルトラランナーを置き去りにしてゴールしたのです。このレースで偶然ララムリのペーサーを務めたカバーヨ・ブランコは、彼らのその軽やかなランニングスタイルが忘れられず、その秘密を探る為に単身コッパー・キャニオンに移り住み、ララムリの友人となりました。そして、今度は海外のランナーがララムリの故郷を訪れてレースを行うべきだという持論の下、不可能と思えるレースをオーガナイズしたのです。それは『BORN TO RUN』というベストセラーを生み出して、世界中に裸足ランブームを巻き起こしました。その後の状況はみなさんもご存知の通り、大手メーカーでさえナチュラルランニングシューズをこぞって開発する現状を生み、なによりも走ることが人類にとっていかに必然かを啓蒙して、ランナーのモチベーションを鼓舞し続けている訳です。そうした出来事のルーツとなったララムリに出会って、世界のランニングを変えた彼らの走りをこの目で見てみたいという気持ちを新たにしたのでした。

静かに佇む彼らがレースでどんな走りを見せるのか興味は尽きない

『sports travelling メキシコ コッパーキャニオン #01 無名のグリンゴが描いた夢のレース』

『sports traveling メキシコ コッパー・キャニオン #03 灼熱の50マイルレースに挑む』

trailrunner.jpでも山田洋さんの旅の記録が掲載されています。併せてご覧下さい。
#1 ララムリの里、ウリケの町
#2 ピノーレの秘密とララムリの食事

(写真・文 松田正臣)