Off the grid。電気や水道などライフラインの通っていない家を説明するときに使われ、アラスカやユーコンでは、しばしば耳にする言葉だ。

私が最初にoff the gridの洗礼を受けたのは、もう10年近く前、2回目のアラスカ訪問の時だった。年末年始、「フェバンクス郊外の牧場にホームスティしながらオーロラ観測ツアー」のコーディネーターとして、8人のゲストたちと、初老の夫婦2人が住むログキャビンに1週間居候した。

到着時、家主のキースから特に注意も受けなかった私たちは、何の疑問も持たず、日本の生活そのままに、ジャバジャバと電気と水を使っていた。大晦日の夜、シャワーを浴びていたゲストの一人が、シャンプーの泡だらけの頭で「断水みたいだ」と、リビングにやってきた。それを見て、キースが慌てた様子でどこかに出かけていく。間もなく戻って来た彼は、「今から街へ水を買いに行かなければならない。何人か手伝ってくれないか?」と言うではないか。

水を買いにいくって?この家には、水道が通っていないの?タンクの水を使いきるまで、そんなことは考えもしなかった我々と、まさか、タンクが空になるほどに大量の水を消費するとは思っていなかった家主との、相互の常識の差と思い込みがもたらした、大晦日の夜の悲劇だった。
キースと、手伝いとして借り出された男性客2名は、大晦日の夜11時、空になった巨大ポリタンクをトラックの荷台に載せ、氷点下30度の中、暗い夜道を、往復2時間のドライブに出かけていった。
思いがけない展開に、残された私たちはなす術もなく、夜中0時に乾杯するはずだったテーブルの上のシャンパンが温くなっていくのを、ただ呆然と見守るしかなかった。

このログキャビンだけではない。アラスカやユーコンでは、今でも、街を少し外れると、off the gridの家は少なくない。巨大な水タンクを荷台に載せているトラックはよく見かけるし、街道沿いには雑貨屋を兼ねたシャワー・ランドリー施設がある。水を節約するため「大きい用をたしたときのみトイレの水を流す」というルールも、珍しくない。

先日、犬橇キャンプでお世話になったユーコンのマクタックケネルも、例に漏れずoff the gridの暮らしだ。ただ彼らの場合、電気は家の前に取りつけた太陽光発電と自家発電機で賄い、水道は井戸を利用、下水処理設備も自分たちで持っているため、一見、街中にいるのと何ら変わらぬ利便さを享受できる。
ただし、自家発電装置、井戸水、下水処理のキャパシティをオーバーしない限りにおいて。小さな節制の積み重ねが、スタッフは勿論のこと、ゲストにも求められる。

即ち、不要な電気はこまめに消す。カメラやパソコンの充電は、自家発電機が回っているときに限る。Wifiが使えるのは日中の間だけ。下水処理に負担をかけぬよう、トイレットペーパーは流さずゴミ箱に捨てる。毎日のシャワーは控える。換気扇を回すのは多くの電気が必要になるので、「本当に有毒な匂いを感じるときだけ使うように」と、換気扇のスイッチに張り紙が貼られている。お茶用のコップは毎回洗わず、自分用だと分かるように目印のチャームをつけ、丸1日使う。etc,etc…

だが、私はふと思う。こういった小さな「決まりごと」の数々は、果たして本当に不便なのだろうか。
過去4年、ゲストから聞いた言葉は、シャワーを毎日浴びられないことへの愚痴でなく、「思っていた以上に清潔で快適で文明的」なキャビン生活へのプラスの評価だけだ。もしかしたら数日間の我慢だからと割り切っているからもしれないし、厳しい条件下、雪中キャンプを経験した直後で、文明のありがたさを大げさに感じるからかもしれないけれど。
トイレの換気扇を自由に回せない代わりに、家の周囲には贅沢な大自然、地平線の先まで続く原野が広がっている。

快適さと不便さの絶妙なバランスを取りながらの生活。マクタックケネルで過ごす時間、いつも私は、日本語の「足るを知る」という言い回しを思い出す。
便利な街の生活を捨て、敢えてoff the gridな生活スタイルを頑に選択している彼らが、不便さと引き換えに手にしているものは、もしかしたら、不便さを補って余りあるものなのではないだろうか。

写真・文 青崎 涼子(あおさき りょうこ)
1972年生まれ、東京出身。仕事で訪れたことがきっかけで極北の大自然と人々の生き方に魅せられ、アラスカのアウトドア・リーダーシップスクールNOLSへ入学。文明から離れ原野や氷河を旅しながら、背中に背負った30キロの荷物一つで生きる術を学ぶ。
現在は、極北の大地を自分の足で旅するとともに、ヨーロッパやカナダでのトレッキングガイドや、極北の自然を楽しめるアドベンチャーツアーのコーディネートを行う。
ブログ「青の洞窟」(http://aonodokutsu.blogspot.com/
ツイッター( @wildernessryoko )

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