fbpx

今年8月、ロンドン・オリンピックとパラリンピックの開催で湧いたイギリス。アートパフォーマンス集団のNVAが4000人の一般参加ランナーを募り、エジンバラの演劇フェスティバルで『Speed of Light』を上演しました。LEDの電飾を施したウェアに参加者が身を包み、振付にあわせてパフォーマンスしながら夜の風景の中を走るというこのプログラムで、夜の丘陵地帯が光の動きに彩られて話題を呼びました。

そして10月31日から5日間に渡って開催された『スマートイルミネーション横浜2012』に、同作品がやってきました。やはり、ここでも一般参加者を募集。ダンスカンパニー・グラインダーマンの伊豆牧子さんを振付家として招き、港の見える丘公園や大桟橋、象の鼻パークなど海沿いのエリアを舞台にパフォーマンスを展開しました。

NVAのクリエイティブ・ディレクターであり、『Speed of Light』の発案者でディレクションも行うアンガス・ファークハーさん。自身も14年前からマラソンやトレイルランニングを幅広く楽しんでいるといいます。

アンガス・ファークハー(Angus Farquhar)
1961年、スコットランド・アバディーンシャー出身。エジンバラで育つ。ロンドン大学ゴールドスミス・カレッジで演劇の学位を取得。音楽ユニットTest Deptのメンバーとして活動したのち、1992年にグラスゴーを拠点にNVAを設立。国内外の各地でパブリックアート・プロジェクトを展開する。 http://www.nva.org.uk/

走り始めたきっかけは
極度のストレスから

私がランニングを始めたのは14年前のことです。その当時、ポルトガル・リスボン万博の英国ナショナルデイ企画をイギリス政府からの依頼され、プロデュースしました。世界各国が参加する万博で、政府関係者からのプレッシャーも非常に大きく、王室も注目する演目ということで、それまでに体験したことのないようなプレッシャーでした。結局、万博が終わるまで暴飲暴食も続けてしまい、ストレスの塊となっていっぱいいっぱいだった。

それが終わって休暇でイタリアに行き、丘の中腹にある町に泊まりました。不健康そのものだったので、ふと走ってみようと思ったんですね。学生の頃にクロスカントリーを少しだけやっていて、学校のレースで入賞したことを思い出しもしました。不真面目だった自分が学校で表彰された、という結果がすごく強くポジティブなイメージとして残っていた。実際に坂道を走ってみると、1kmで死ぬほどに息が切れたんですが、諦めずに次の日はもう少し走れるんじゃないかという気持ちで、徐々に2km、3kmと距離を伸ばしていきました。その時から、やめることなく走り続けています。

走りながら考えること
目にするもの

空や光、人、木の葉などの自然、走っているときに環境のあらゆる要素を見たいと思って走ることがあれば、そうではなく、完全に自分の世界に入り込もうと思ってランニングをするときもあります。その日の意識によって走り方は変わりますし、受け止めるものも大きく変わります。スコットランドで山を走ると、10キロだけ走って1000メートル標高が変わるようなコースもあって、景色は素晴らしいし、最高の気分を味わうことができる。また、自宅の近くでは川沿いや森の中を走ることもできて、体を動かしながら自然を感じることができるから精神的にも健康でいられるんです。

これまで14年間走ってきて断言できるのは、そのときによって程度に差こそあれ、走り始める前より走り終わってからのほうが感性も理性もいい状態になるということ。気持ちがオープンになり、ハッピーになって、リラックスもできます。たとえ疲れて、苦しみながら走ったあとでも、走る前よりいい状態になっているはずです。どれだけスピードが遅くなっても、途中でやめないことが本当に重要なんです。

自分はアーティストとしてアイデアを作品に表現するだけではなく、いろいろと発想を探求して、それを言葉にして人とコミュニケートすることを楽しんでいます。ランニングをしているときに、おもしろい考えが浮かぶこともよくありますね。走っていると意識にスペースが生まれることが大きいんだと思います。日常生活のなかでイライラすることがあったとしても、走りながら広い展望でものを見ることができるはずだと気がつくと、走る前の怒りは収まっているんです。

人生の折り返し地点で
ベアフット、トレイルを取り入れる

フルマラソンではありませんが、昨年、ハーフマラソンと10km走の両方で自己ベストを更新しました。49歳で記録が出たということが本当に嬉しかった。ランニングを続けることで、年をとっても自分の体でまだ特別なことができるという感覚が得られるのも素晴らしいことです。

ただ、去年はトレーニングとして週に50~60km走っていましたが、足を痛めてしまい、今は少し抑えて走らなければいけません。そこで新しい走り方を見つけようと思い、ベアフットランニングとトレイルランニングを始めるようになりました。山を走ると、地面の角度が常に変わりますから、足の一か所に負担がかかり続けることがありません。足の裏にかかる負荷を分散させながら、足の裏に地面を感じて、景色の変化を楽しみながら丘をランニングすることができるんです。

横浜でも大成功を収めた
『Speed of Light』

大桟橋埠頭はとても魅力的な建築作品で、横浜で最も好きな場所です。一歩動くと少しずつ角度が変わって見える景色が変わるように、完璧に設計されています。インダストリアルとコマーシャルに用いられる施設にこれだけ遊び心があって、建築物としても訪ねる場所としても素晴らしいんです。走っても、見える景色が変わり続けて常にフレッシュな気持ちで楽しめますね。

『Speed of Light』が横浜で成功して、参加ランナーもスタッフも全員がハッピーな体験ができたことを実感しています。

そもそも『Speed of Light』を始めたのは、環境発電について本を読んだことがきっかけでした。環境発電とは、光や熱,電磁波,振動,人の動作などから発電させ、そうした運動の連続がエネルギーを生み出すという原理です。一部の企業や科学者たちがそうした研究をしていると、その本には書かれていました。

そこで、自分たちの動きでエネルギーを生み出し、景色を光で彩る計画を立てることにしたんです。環境発電への興味と風景の中に動きを生み出すというアイデアとが結びついて、自然と『Speed of Light』は形になりました。

パブリックアートというのは、おもしろい考えや感情を発信して、人に届けることができることに存在意義があると思っています。それを実現するためには、悪いエネルギーを溜めてしまうことなく、いかにポジティブなエネルギーで制作をし、人と接することができるかが重要なんです。クリエイションを行ううえで、自分自身が精神と意識を安定させるためにも、ランニングは最高のツールになっています。自分にとってランニングは、単なるフィットネスではなく、とても文化的なものでもあるんです。

取材協力:ブリティッシュ・カウンシル

【オフビートランナーズ アーカイヴ】
#01 小松俊之(OnEdrop Cafe代表)競うだけがランニングじゃない
#02 GOMA(ディジュリドゥ奏者・画家) 生きるために走る
#03 GAKU-MC(ミュージシャン) 僕には走る理由がある

(スチール撮影 松本昇大/ 文 中島良平)