近年、盛り上がりを見せるトレイルランニング。皆さんのまわりにもロードランニングや登山から一歩踏み込んで、このトレイルランニングにも挑戦している仲間がいるのではないでしょうか。

この魅力溢れるスポーツを黎明期から牽引しながら、第一線で活躍し続けているのが鏑木毅選手です。今や世界最高峰のレースとなったモンブランを巡る160kmのレース、ウルトラトレイル・デュ・モンブラン(UTMB)での3位入賞(2009年)、アメリカを代表するウルトラトレイルレースであるウェスタンステイツ100(WS)での2位入賞(2009年)といった輝ける成績に加え、先日は国内での100マイルレース、ウルトラトレイル・マウントフジ(UTMF)を主宰し成功に導くなど、幅広い活躍でトレイルランニングの普及に力を注いでいます。今年の9月に行われたUTMBでもコース変更(荒天のため100kmに短縮)というアクシデントに見舞われながら10位入賞を果たしました。

この鏑木さんを迎えて、身近な都会からトレイルランの第一歩を踏み出すためのワークショップ『Urban trail』の第一回が代々木公園で行われました。参加者は基本的な装備から、トレイルランの魅力、そして普段の生活にも取り入れることのできるトレーニングなどのレクチャーを、この競技の第一人者から直接指導してもらうという贅沢な機会を堪能しました。

続いて午後には場所を岩本町のOnEdropCafeに移して、トークイベント『Are You BORN TO RUN?』が開催されました。このイベント第一回のベアフット・テッドのときと同様、今回もベストセラー『BORN TO RUN 走るために生まれた』の編集者であるNHK出版の松島倫明さんがモデレーターを務め、トレイルランニング界の第一人者の知られざる素顔に迫る興味深い内容となりました。

プロ一年目で残せた実績

松島:
2009年のことですが、『BORN TO RUN 走るために生まれた』を出版するにあたって解説をお願いしようと思い、どなたがウルトラトレイルの第一人者なのかと調べたところ、行き当たったのが鏑木さんだったんですね。そして連絡をとらせて頂いた。その2009年というのは鏑木さんにとって輝ける年でしたね。WS(ウェスタンステイツ)で2位となり、その数ヶ月後にUTMB(ウルトラトレイル・デュ・モンブラン)での3位という成績を残された。

鏑木:
WSとUTMBの位置づけということでいいますと、世界一を決める大会として現在、誰もが認めるのがUTMBなんじゃないでしょうか。一方で、100マイル(160km)を走るレースの原点はWS。40年近い歴史があって、アメリカ人からみれば、ウルトラトレイルのスーパーボウルと言われるくらいの大会なんですね。元々はシエラネバダを行く乗馬のワンウェイレースだったんですが、それをある青年が自分の足で走ってみたんですね。それがはじまり。そこからウルトラトレイルが世界に広がって行く原点ともいえる大会です。
実をいうと僕の経歴のなかでは、UTMB3位が一番大きなもののようにいわれていますけれど、5年、10年経った時にWSの2位というのは、もっとクローズアップされる時代が来るのではないかと思ってます。

松島:
WSが6月でUTMBが8月、同じ年に両方でベスト3に入るのは世界的にみてどうなんですか?

鏑木:
自分で言うのもなんですが、難しいと思います。というのもこの二つは性格の違うレースなんですね。WSはワンウェイでスコーバレーというスキーリゾートからオーバーンというサクラメントに近い街まで、160キロをわりと下り基調で走るレースなんです。今年の優勝タイムが14時間46分44秒。ですから100マイルのスピードレースなんです。

かたやUTMBというのはモンブランを一周する。フランス、イタリア、スイス3カ国を巡るんですけれど、累積標高が9600〜700mで、もう山岳レースですよね(2011年の優勝タイムは20時間36分43秒)。このようにかなり趣の違うレースなので、身体の仕上げ方が違ってきます。

松島:
2009年はこのふたつのレースを両方穫りに行くぞということで、調整されたんですか?

鏑木:
2009年というのはサラリーマンを辞めた年なんですね。2008年の秋くらいにプロになろうと決めて、これから自分がプロとしてやっていけるのかという非常にカギになるシーズンだったんで、正月位から練習はかなりやっていました。調子もスゴく良かったんですね、この年は。だからスゴいことが出きるんじゃないかという手応えは感じていましたね。

走ることってなんて楽しいんだろうと電撃的に感じた

松島:
鏑木さんは早稲田大学で箱根駅伝を目指されていたそうですね。ロードを走っている方って、キロ何分という世界からトレイルに行くって、ひとつクッションというか壁というかあると思うんですけれども、鏑木さんの何をして山を登ろうと思わせたんでしょう。

鏑木:
僕が良かったのは子どもの頃から両親に山に連れられて行っていたことですね。山に行くということをすごく自分の中で自然に受け止めていた。山も好きだし、走るのも好き、一緒になっているのがあるんだというのを見つけて、これは自分でもいけると思えたんです。

一番重要なのは、山を走ることが楽しかったということです。実はトラックを走っている時はすごく辛かったんですね。その頃の僕のモチベーションて一体なんだったのって振り返ってみると、箱根駅伝に出たいとか、だれかに認めてもらいたいといった自分の存在を誇示する道具でしかなかった。だから走ること自体を楽しいと思っていなかったということを、山を走るようになって初めて気づいたんですよ。

山を走っている時が無茶苦茶楽しくて、これはもう勝ちとか負けとか関係なくて、走ってればなんでもいいじゃん順位なんてと。28歳の時に山田昇記念杯登山競争に初めて参加して、そのときはじめて走ることってなんて楽しいんだろうってことを電撃的に感じましたね。山田昇杯のコースって最初登りなんですけど、最後8〜9km延々下るんです。ここを走りながら「オレの人生やるべきことができた!」って、今でも忘れないですね。

大学を卒業して山田昇杯を走るまでの3年間というのは何も目標が無くて、息をしているだけの人間でした。体重は80kgくらいありましたし、箱根駅伝、箱根駅伝って子どもの頃から言っていて、その興奮の舞台と比べると仕事に身を入れることができなかった。けれどUTMBでゴールした時に、箱根にこだわっていたことが小さく見えたんですね。今から思えば、出られなかったことがスゴく良かった。出ていたらどんな人生を歩んでいたんだろうと思いますね。

苦しい状態を楽しいんだと思い込む
レースでのメンタルマネジメント

松島:
実際にはレースに向けてどういった練習をしてらっしゃるんですか?

鏑木:
それは秘密ですね(笑)。本当の核心部は現役をやめるときに洗いざらいお話ししますけど。とは言ってもね、隠すほどのことはなくて、簡単に言うとベースを作る期間を持ちます。それは平地の走り込みを年明け1、2、3月からやっていきます。春先から山を走るようにという流れを作っていますね。

心はものすごく重要です。レース中思い浮かべるのはとにかくやめたいという気持ちが湧いてくるんですね。こんな地獄はもうやめたい、いつやめようという気持ちが浮かび上がってくるんです。それにひとつひとつ打ち勝っていかなければならない。それを鍛える。でもただ単に、打ち勝とうとするんではないんです。僕はよくサインに『楽しむ勇気』と書くんですけど、この苦しい状態を楽しいんだと思い込む、そうすると極限の苦しい状態を笑ってごまかせるような、ふっとラクになれるような状態になれることがあるんですね。こんなキツくて楽しいことってないねって(笑)。

いろんな立場の人たちが舞台に上がって
生き様を表現するのがこの競技の魅力

松島:
年齢ということで言いますと、実は鏑木さんは”衰え”ということについてわりと昔から書かれていますね。もう2005年位からそのことに触れている。それを乗り越えて行く自分というものをどのようにお考えですか?

鏑木:
ぼくはすごく運が良かったと思うんです。トレイルランニングが普及して行く中で、かつてはハセツネ(長谷川恒男カップ日本山岳耐久レース)の71.5kmがスーパーロングだった。これは脚力、心肺機能を求められる中で、30代にちょうどその距離に挑戦できた。そしてウルトラトレイルになるにしたがって、スタミナ、メンタル、テクニックといった年を経ないと得られないものが求められて行った。脚力は落ちたけれども、必要なものをうまく対応して身につけていけたのが大きいですね。僕は今、あまり短いレンジのレースに興味はないけど、かつてのような走りができるかといったらできない。でも、だから鏑木だめだよねってことではないと思うんです。年を取るのは仕方ないこと、そこに経験をいかに加えて行けるか。

松島:
鏑木さんのお気持ちとしては、日本のトレイルランニング界のキングのまま引退するのか、サッカーのカズさんのように順位が落ちても一競技者として続けるか、どのようにお考えですか?

鏑木:
原点がなにかという話だと思うんです。陸上競技者として求めていたのは結果でした。トレイルランニングの場合は純粋に楽しいから。山を走ってる時が一番楽しいと感じる時間なんですよ、それの延長で結果がついてきた。ですから、おそらく山を走ることはやめないだろうし、その延長としてのレースも走るだろうし、結果が出ないから走らないということにはならないでしょう。

また、このスポーツをいかに日本で文化として普及させるかというのが大きなモチベーションになっています。今は競技力で注目されてる。それをアドバンテージにして筋道を立てていきたい。でも、いつまでもそれが続くとは思っていません。その中でUTMFをやり、だれでもがトレランいいよねって言える世の中を作って行きたい。

競技者としては結果が出なくなったからやめるんではなく生き様を見せて、ぼろぼろでもいいから、オレの生き様はこうなんだっていう走りをしたい。メダルを穫った人だけが注目される、そうじゃなくていろんな立場の人たちが舞台に上がって生き様を表現するのがこの競技の魅力だから、そこを大切にしていきたいですね。

現在開店準備中のランニングショップ『Run boys! Run girls!』では、オープンに先駆けて様々なイベントを開催中です。今回ご紹介した”都会でトレランすること”テーマにした『Urban Trail』や、シリーズとなったトークセッション『Are you BORN TO RUN?』などが継続的に行われるそうなので、FACEBOOK ページ などから発信される情報に注目です!

(文・写真 松田正臣)