アラスカに行くと、フロントカントリーとバックカントリーという言い回しを耳にする。フロントカントリーは、人の手が入っている場所のことで、バックカントリーは、手つかずの荒野だと言えばいいだろうか。

例えば、バックパッキングの旅をする場合、フロントカントリーであれば、人が整備したトレイルを辿り、指定キャンプ場(といっても、焚き火用のファイアーピットがあるだけの場所も多い)にテントを張るが、トレイルもキャンプ場も存在しないバックカントリーでは、どこを辿るか、どこで眠るかは自分次第だ。地形図と睨めっこしながら、歩きやすそうな場所をつないでいき、水がありそうな場所を寝床にする。

ただし、実際にフィールドに出てみると、期待していた沢が枯れていたり、思っているほどには進めなかったりと、机上プラン通りに計画が進まないことも多く、現地で急遽、その夜の野営地を決めねばならないことも多々ある。
テントを張る場所には、いくつかの条件があるけれど、その中で「水場へアクセスできること」は、絶対に外せない条件だ。広大なツンドラの中にひょっこり現れる命の水場。たいていそこは、少しだけ他の場所よりも窪んでおり、少しだけ背の高いウィローが生えていて、少しだけ他よりも緑色が濃く、耳をよく澄ませばチョロチョロと流水の音が聞こえてくる。わずかな地形の凹凸、水が流れるかすかな音、植生の違い・・・。フロントカントリーでは、蛇口を捻るだけの単純な作業も、バックカントリーでは、視覚、聴覚、嗅覚を一度に動員させ、普段よりも、ぐんと感覚を研ぎ澄ませる必要がある。

以前、知人から聞いた話だが、文明にお膳立てされ楽に生きる我々現代人は、10%しか脳を使っていないという。一方で、自給自足をしながら生きるアボリジニは60%、全世界が天敵だらけの野ウサギは、脳を100%フル回転させながら生きているのだそうだ。
この話で言えば、バックカントリーで水を探している時の私は、普段フロントカントリーにいるときよりも少しだけ多く、おそらく11%くらいは脳を使っている。1%、野生の勘を取り戻している。

フロントカントリーでの生活は快適で心地よく、このぬるま湯につかっていると、厳しい原野に向かう理由を忘れそうになる。
糊の利いた清潔なシーツに包まって眠る幸せや、蛇口をひねると迸る熱いシャワー、MacBookの13インチの小さな画面に向かえば必要な情報が手に入る便利さ。すべてを全て放棄し、少なくない時間とお金を使い、雨を避ける屋根すらない場所で、自己の無力さを嘆きながら過ごさねばならぬ理由を。

そんなとき、私は、記憶の片隅に眠る感覚に思いを馳せる。10%でなく、11%の脳を使っている時の緊張感と楽しさ。厳しさの中の充実感。ちっぽけな生物のひとつとして、母なる地球に生かされている確かな実感。

ああ、そうなのだ。1%の勘を研ぎ澄ますために、
コンパスと地図を持って、
また新しい旅へ出よう。

"Wilderness is not a luxury, but a necessity of the human spirit. "
Edward Abbey
原野への旅は贅沢ではなく、人にとって必要なものなのだ
エドワード・アビイ(アメリカ人ナチュラリスト)

写真・文 青崎 涼子(あおさき りょうこ)
1972年生まれ、東京出身。仕事で訪れたことがきっかけで極北の大自然と人々の生き方に魅せられ、アラスカのアウトドア・リーダーシップスクールNOLSへ入学。文明から離れ原野や氷河を旅しながら、背中に背負った30キロの荷物一つで生きる術を学ぶ。
現在は、極北の大地を自分の足で旅するとともに、ヨーロッパやカナダでのトレッキングガイドや、極北の自然を楽しめるアドベンチャーツアーのコーディネートを行う。
ブログ「青の洞窟」(http://aonodokutsu.blogspot.com/
ツイッター( @wildernessryoko )

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