ビーバー:哺乳類ではあるが、捕食者から逃れるために、ロッジとダムを作り上げ、水中を生活の場としている。人間が泳ぐときに耳栓や鼻栓といった道具を使うのと同じように、彼らは、水に潜るとき、鼻と耳を自動的に本能で塞ぐことができる
(その昔、アラスカの国立公園でレンジャーから聞いた話。)

広大なアラスカの原野へ分け入るのに、犬橇やカヤックやカヌーはとてもいい方法だが、いちばん好きなのは、「歩く」ことだ。自分の体重と、数日分の衣食住を詰め込んだバックパックの重さ分を支えられる丈夫な足があれば、気が向いたとき、気軽に、どこへだって行ける。そう、シンプルなのが一番だ。
1日のハイキング、数日のバックパッキングから、途中、飛行機での食料デポが入る、1ヶ月単位の遠征まで。グループで、友達、そして一人でも。様々な形で、広大な極北のほんの片隅を、もう随分と歩いてきた。

アラスカとユーコンの境にあるクルアニ国立公園を、一人でバックパッキングの旅をしたことがあった。
時期は9月初旬の秋真っ盛り。アスペンやバーチが黄色く色づき、ツンドラの大地は一面赤い絨毯に変身する。安定した晴天が続き、乾いた空はどこまでも透明で青く、目の前の山は新雪で白く化粧を始める。1年の中でも一番鮮やかで美しく、思わず鼻歌がついて出るような素晴らしい季節。だが同時に、たわわに実ったベリーを求め、冬眠前に体重を倍に増やしておきたいグリズリーが、活発に行動している季節でもある。

出発の前日、公園のある麓の村を車で走っていると、雄の巨大なグリズリーが目の前を横切った。日本とは比べ物にならぬ広大な土地柄ゆえ、通常グリズリーは、人間を避けるように行動する。それにも関わらず、人間の集落でバッタリ出会ったことで、私は少しナーバスになった。出発前に、常に携帯している、小型の消火器のような形状のベアスプレーの安全弁を外し、使い方を再度確認し、心を落ち着かせる。

ベアスプレーを腰につけ、バックパックを背負い、川沿いに歩き始める。一人という緊張感も手伝って、頭の中はぐるぐると常に忙しく、周囲の情報をキャッチする。
どのルートが一番安全で得策か。氷河から流れ出てきた、飛び上がるほどに冷たい川を渡り対岸へ行くべきか。それとも、熊に怯えながら、背の高さ程あるウィローに入り込み、しばらく藪漕ぎを続けた方がいいのだろうか。今、背後でした葉擦れの音は風? 砂場に残されているグリズリーの足跡は、どのくらい新しい?

ところどころで出会う、グリズリーの濃厚な気配。まだ湯気の残る糞。川原の中州に残された足跡。風に乗ってふっと鼻に届く獣臭。木の幹につけられた爪痕と体毛。彼らは、姿は見せずとも、すぐ側に確かに存在し、私と同じように息をし、この近くを歩いている。
その気配を感じるのは怖くもあったが、同時に刺激的でもあった。旅の間は常に、緊張感の糸がピンと張っている。視覚だけでなく体全部で、見えぬ熊の気配を感じ取ろうとする。
夜中、風が木を揺らした音だけで目を覚ますなんて、普段の生活ではないことだ。眠っていても途切れることのない緊張感は、自分も、生態系に組み込まれた自然界の一部なのだと思い出させてくれる。

鉛筆の芯を削っていくように、五感は、日々少しずつ鋭さを増していき、旅が終る頃には、痛いほどに尖りきっている。
車が時速100キロで通り過ぎる音は、ジェット機の離陸音なみの爆音だ。店ですれ違う人々は、誰もが強烈な石鹸の香りを漂わせている。人口3万人の小さな町は、ラスベガスかと見間違うほどのきらびやかさと光量で私をのみ込む。

そんな小さな刺激にまで反応してしまう状態のまま、刺激溢れる東京に戻らねばならぬ時、私はビーバーになる。鼻孔を閉じて水中に潜るビーバーように、研ぎ澄まされた五感をそっと閉じ、東京の海へと飛び込んでいく。

写真・文 青崎 涼子(あおさき りょうこ)
1972年生まれ、東京出身。仕事で訪れたことがきっかけで極北の大自然と人々の生き方に魅せられ、アラスカのアウトドア・リーダーシップスクールNOLSへ入学。文明から離れ原野や氷河を旅しながら、背中に背負った30キロの荷物一つで生きる術を学ぶ。
現在は、極北の大地を自分の足で旅するとともに、ヨーロッパやカナダでのトレッキングガイドや、極北の自然を楽しめるアドベンチャーツアーのコーディネートを行う。
ブログ「青の洞窟」(http://aonodokutsu.blogspot.com/
ツイッター( @wildernessryoko )

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