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“You gotta take care of yourself, as we can’t take care of you”

「自分の面倒は自分でみることだ。他人に頼ったら自然に負ける。 君がアラスカを好きなら、最初に知っておいてほしいこと。複雑ではないよ。自分と自然しかないとき、世界はとてもシンプルだ。この大地の中で生き抜くこと。それしかないからね。自分と自然の間に壁を取払い、自分が確実に自然の一部であると理解することさ。」
アラスカの知人に教わったこの教えは、今も手帳に書き留めてある。

私は普段、東京のど真ん中で、文明の便利な道具に囲まれ、ぬくぬくと生きている。スイッチひとつで、火を点けたり、明かりや暖を手に入れたり、湯気の立った温かな食事にありつける。ふかふかの布団にくるまって、何の(命の)心配もせず、ぐっすりと眠る。
それはすごく幸せなことだけど、時折、そんな居心地の良さに焦るのだ。そして懲りずに、毎年毎年、アラスカやカナダの、厳しい自然が待っている北の大地へと、出かけていく。甘えきった自分に、喝を入れるために。

犬橇は、経験者ともなれば16頭立てを扱うが、ルーキーは4頭立てから練習を始める。

カナダ、ユーコン準州。北緯62度の大地の冬は、完全に氷点下の世界。凍った川やトレイルで犬橇を走らせるのは、北の大地らしい、冬のアウトドアの遊び方。
旅の前、私は夢想する。自ら4〜5頭引きの橇を操縦し、川や森を駆け抜け、村から何十キロも離れた原野でキャンプする。夜は、焚き火の前に腰掛け、熱いコーヒーを飲みながら、オーロラをゆっくりと待とう。北の旅の計画は、いつだって美しくロマンチックだ。

このシナリオが、机上の空論にすぎず、都会人の、どれだけ甘えた考えかを理解するのにかかる時間は、そう長くはない。
森のガタガタ道を丸一日橇で移動し、その日の野営地に到着する頃、普段使わない筋肉を酷使した体は、すでに悲鳴をあげている。ただでさえ、衣食住を他人任せにできないキャンプは忙しいものだ。さらに犬橇の旅では、移動手段が生き物であること、氷点下20度や30度という、言わば業務用冷凍庫内の温度が常態である故に、作業は多く、しかもやりづらい。

「疲れた」とか「面倒くさい」とか、愚痴や弱音は言っていられない。移動手段である犬たちには、翌日も元気に走ってもらわなければ、80キロも離れたベースキャンプに帰れない。犬たちが装着しているハーネスとブーティ(靴下)を外し、夜用のコートを着せる。橇に不備がないかを点検。雪を融かし大量の水を作り、藁で寝床をこしらえ、餌をやる。肉球に保湿クリームを塗り込み、肩をマッサージ。犬たちが静かになったら人間の寝床(テント)を設営。森に入り枯れ枝を集め薪割りをし、焚き火を使って夕食作り。手短な食事の時間(皿の上の食べ物は素早く食べないと、すぐに凍る。2分間が勝負だ。)以外、持ってきたキャンプチェアに腰を下ろすこともないまま、あっという間に時間が過ぎる。

野営地で、犬たちが寒くないように藁の即席ベッドを作り、防寒着を着せてやる。

体の芯までくたくたに疲れ果てた夜には、オーロラへの興味はすっかり消え失せ、さっさと寝袋に滑り込むこととなる。
生きるための労働だからこそ感じる、ずっしりとした手応え。この心地よい肉体の疲れこそが、"Labour of Love"なんだよ、原野の旅の醍醐味だ、という友人の台詞を、寝袋の中で思い出した。

犬も人間も寝静まった深夜、オーロラは、見物客もいないまま、ひらひらと音もなく舞い続けていた。

【お知らせ:犬ぞり遠征隊 参加者募集中】
~犬ぞりを操り原野キャンプ、夜空に煌めくオーロラを求めて~
2012年3月24日(土)~3月31日(土) 8日間
http://www.expl.co.jp/shugaku/kikaku/12win/yxy/index.html

写真・文 青崎 涼子(あおさき りょうこ)
1972年生まれ、東京出身。仕事で訪れたことがきっかけで極北の大自然と人々の生き方に魅せられ、アラスカのアウトドア・リーダーシップスクールNOLSへ入学。文明から離れ原野や氷河を旅しながら、背中に背負った30キロの荷物一つで生きる術を学ぶ。
現在は、極北の大地を自分の足で旅するとともに、ヨーロッパやカナダでのトレッキングガイドや、極北の自然を楽しめるアドベンチャーツアーのコーディネートを行う。
ブログ「青の洞窟」(http://aonodokutsu.blogspot.com/
ツイッター( @wildernessryoko )