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前回はエネルギー代謝によって産まれる「乳酸」と、その産生と消費のブレイクポイントである「LT」を紹介しました。今回は自転車競技を例に、「LT」とその上のレベルである「OBLA」を紹介します。

ペダリングのパワーは何ワット?

自転車選手やトライアスリートの中には「心拍計」よりも正確に運動強度をコントロールするために「パワーメーター」というものを使う選手が増えています。これは後輪のハブやクランクなどに組み込まれたコンピューターが、ペダリングの「出力(ワット)」をリアルタイムで解析し、ワイヤレスで手元のモニターに送信してくれるというものです。

(写真はPOWERTAP SLC+

パワーを表す単位=「ワット」は電気でも使われるので知らない人はいないと思いますが、スポーツで言うワットというのは仕事率のことで、自転車で言えばペダリングのパワー(=負荷×回転数)のことです。これに時間を掛けると仕事量(カロリー)になります。

ペダリングのワットが分かる身近なマシンと言えばフィットネスクラブにあるエアロバイクです。実際に使ったことがある人は想像しやすいと思いますが、手元のボタンで0W〜300Wくらいまで簡単に負荷を変えることが出来ます。

エアロバイクで試してみよう

例えばエアロバイクで40Wから負荷を2分毎に20Wずつ上げて行くとしましょう。最初のうちは軽くて余裕でペダリングしていられると思いますが、あるところから「ちょっときついな」と感じ、呼吸が活発になってきます。そのまま続けていくと「かなり苦しい」から「もうこれ以上は上げられない」となり、最後には疲労困憊してしまいます。
(このように一定時間(または距離)毎に段階的に負荷を上げていく方法を漸増負荷テストと言い、LTや全身持久力などの測定に用いられます)

(写真はエアロバイク[参考])

「LT」とは、そんな疲労困憊するよりもずいぶん手前のポイントで、「ちょっときついな」と感じ始める辺りです(正確には乳酸カーブが上がり始めるポイント:血中乳酸濃度はおよそ2ミリモル)。人によってLT時のワットには大きな違いがあり、特にトレーニングしていない人ならば100Wや120Wまで行かないうちに脚や呼吸が苦しくなってしまいます。

一方で自転車を専門的にトレーニングしているロードレーサーであれば200Wや250W、さらにプロ選手はもっと高い出力を長時間のレースで出し続けることが可能です。ではロードレーサー達は実際のレースでLTのレベルで走っているのでしょうか?

LTとOBLA

漸増負荷テストによる血中乳酸濃度のカーブは、2ミリモルの辺りで上昇を始め、4ミリモルの辺りでさらに急上昇すると、その後はすぐに6ミリモル、10ミリモルと上がり続け疲労困憊の状態になります。この4.0ミリモルの値をOBLA(Onset of Blood Lactate Accumulation:乳酸蓄積開始点)と言い、LTと合わせて持久系スポーツの強度の指標として用いられます。

普段から高度なトレーニングを行っているアスリートは、長時間の競技でもOBLAの強度でパフォーマンスし続けることが出来ることが分かっています。しかし普段あまりトレーニングを行っていない人がOBLAの強度を持続させることが出来るのは時間にして15分〜30分が限度。なので、一般的にはマラソンなどの長距離種目ではOBLAより下のLT辺りで走ることが良いとされているのです。

LT、OBLAを使ったトレーニング・カテゴリー

しかし誰でもトレーニングをすることによってLTやOBLA、それぞれのレベルで持続可能な運動強度を高めていくことが出来ます。自転車選手がパワーメーターを使用するのは、ベース(LT以下)、エンデュランス(LT、OBLA)、スピード(OBLAよりも高いレベル)というように、強度によって「トレーニング・カテゴリー」を分け、ワットと時間で正確に管理できるからなのです。

このような合理的なトレーニングは、効率的にLT、OBLAのレベルを引き上げるだけでなく、オーバー・トレーニングの予防にもなります(正しく使えていれば、の話ですが)。また同じだけの努力(心拍数や主観的強度など)で以前よりもワットが上がっていれば、それだけ実力がついているという証明になります。

今回は自転車を例にLT、OBLA、そしてトレーニング・カテゴリーの紹介をしました。具体的なトレーニング・カテゴリーの設定については、いずれ実際に漸増負荷テストの実験を行い、実例を挙げてご紹介したいと思います。次回はマラソンとLTの関係についてご紹介したいと思います。

【トレーニング座学 アーカイヴ】
#01 運動強度と主観的なきつさ
#02 エネルギー代謝(1)エネルギーの正体
#03 エネルギー代謝(2)糖と脂肪
#04 エネルギー代謝(3)筋肉のタイプ
#05 乳酸とスポーツの関係、LT

監修者:肥後徳浩

元自転車競技選手。自転車選手時代にコーチから学んだトレーニング理論をベースに、方法よりも目的を生理学的、力学的に「理解する」ことと、体の反応を「感じる」ことを大切に、日々トレーニングに取り組んでいる。音楽レーベル「Mary Joy Recordings」主宰。
www.maryjoy.net