2011.08.01 - 00:00

為末大:スポーツで身体を自由に遊ばせよう

ご存じ為末大さんは400mハードル競技のトップ・アスリートとして活躍してきました。同時に複数の著書を持つなど、陸上界の理論派としても知られています。今回のインタビューではその理論派として、スポーツが人間に与えられる可能性を語っていただきました。

スポーツで自分の身体を知る

一億総アスリート、というのが僕の理想で、アスリートとアスリートじゃない人の境目がなくなるような世界がくるといいなと思ってるんです。 たとえば日本では4〜500年遡ると、自分の体調がいいか悪いかを、日々もっとみんな敏感に感じてたんです。それによって医食同源的に食べ物から治すなど、いろんな知恵を使って体調を管理していました。

けれども現代の人はいま調子がいいのか、悪いのか、自分の身体がどんな状態か分からなくなってしまっています。昔のようにギリギリの生活をしていれば身体にもっと敏感になるんですが、その状態は現代では非現実的ですよね。だから、スポーツなどで身体を動かすことによって、自分の身体を知る。言い方を変えれば、予防医療にも近い考え方です。それがまず一つ。

アスリートはいつも実験している

もう一つ、アスリート側の視点でいくと、スポーツのメソッドはある種、実験なんですね。僕はいま左ヒザが炎症を起こしていて痛いので、その中でやるトレーニングを考えていくわけです。固いところで走ると痛い、でも砂浜だと痛くない。だから、固い地面で走る割合を今まで7だったところ3に減らして、ビーチでのトレーニングを増やす。自転車も痛くないから自転車も増やす、と。 僕らアスリートはそうやっていろんな工夫をしているんですが、例えば、僕のこのメソッドが70歳を過ぎたおばあちゃんのヒザのリハビリに応用できるかもしれない。あるいはもっとシンプルに、目標を決めて達成するための選手のプロセスを凝縮してメソッドにすると、企業経営に活かせるかもしれないですよね。

そんなわけで僕はアスリートが持っている可能性をグラウンドの外に展開できると面白いんじゃないかなと常日頃から考えているんです。選手の経験を活かしてドクターやコンサルタント、あるいはジャーナリストになってもいい。スポーツが学びの場になって社会と混ざりあっていく。そういう世界が来るとすごく楽しいだろうなって。それが僕の夢、です。

人の身体がおかしくなってきてる!?

これから3,000年ぐらい経つとまた違う世界が来るのかもしれないですけれど、少なくとも僕ら人類が座って生活をするようになってまだ1,000年ぐらいしか経ってないんです。それまでは動きまわるのがヒトの基本的な生活スタイルだった。急に座って仕事をし始めたものだから、身体がおかしくなってきてるんだと思うんです。それで今、みんな走り出したりしているんじゃないかと。
人間が本来持っていたライフスタイルを取り戻すには、やっぱりスポーツ、何かしら身体を動かすことが必要だと思うんです。 身体を自由に遊ばせる さらに言うと、遊びの領域って人生において非常に大切だと思うんですが、自分の身体を自由に遊ばせるっていうことに、やっぱりスポーツは非常に合ってると思うんですよ。
心を自由にさせる、プラス、人間としての本来の自分を取り戻せるという意味では、スポーツは大きな可能性を秘めているはずなんです。

僕は(ヨハン・)ホイジンガという哲学者が『ホモ・ルーデンス』(=“遊ぶ人”の意)って本で唱えた遊びの話が好きなんですけど、昔みたいに遊びと仕事がゴチャゴチャ入り交じって、いろんな人がもっと自由になる世界が来るといいなと、いつも夢見てます。例えば職業がスポーツ化するとかね。……うまく言えないですけど、いろんなことがとにかくゴチャゴチャしてる――選手のメソッドも一般社会に流れて、一般社会にもいろんなスポーツが存在しているとか。

いずれにしてもスポーツは幸せをもたらせる、というのが僕の信念なんで、そういう意味でもスポーツとアスリートと社会が混じり合うような世界を作るために、これからの人生をかけていきたいな、と思ってます。

豊かさや幸せをもたらすために

衣食住が満ち足りたいま、人の豊かさの質が変わって来てるんですよね。 その状況が、古代ローマが発展して300年ぐらいにわたって文化が成熟していったときとすごく似てるんじゃないかなと思ったりもして。
衣食住は満たされた。でも、それが幸せなの? 幸せって何なんだろう、何のために生きてるんだろう? そういう哲学的な問いがもっともっとスポーツを通じてあってほしい。

そのためにはメッセージを伝える選手、どんな内容でもいいんですが、自分の哲学を持って、「勝つためにやります」だけじゃないことを言うアスリートがこれからは必要でしょうね。

為末大 Dai Tamesue
世界大会において、トラック種目で日本人初となる2つのメダルを獲得し、3大会連続オリンピックに出場した400mハードルの陸上選手。現在は4大会目となる2012年ロンドンオリンピックを目指している。 “侍ハードラー”の異名を持ち、“陸上宣伝部長”として競技のPR、普及にも貢献。
http://sports.nifty.com/tamesue/

このインタビューは映像メディア『DEFRAG』と同時に行なわれました。
映像でのインタビューの模様はコチラからご覧いただけます。

(撮影 松田正臣/文 坂野晴彦