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現在多くのランナーたちに愛読されている本『BORN TO RUN』は、担当編集者である松島倫明さんが開設したツイッターアカウントでのつぶやきから、徐々にその輪が広がり、ヒット作となりました。ご自身もこの本を編集したことによって、ランニングに本格的にのめり込んでいったそうです。その大きなきっかけに、SNSのランニング・コミュニティとの出会いがありました。松島さんにご自身の体験に基づく、スポーツとSNSの親和性について語ってもらいました。

『BORN TO RUN』が面白い3つの要素

『BORN TO RUN』との最初の出会いはフランクフルトのブックフェアでした。僕は翻訳書の編集者なので、年に数回、海外のブックフェアに行くのですが、2008年の秋にフランクフルトに行った時に、エージェントさんから紹介されたんです。ただ、その説明が「メキシコの先住民が走る物語」だったので、文化人類学的な話かなと思ってスルーしてました。ところが帰国後にまた、アメリカの版元のイチオシだからという紹介があって、じゃあ一度、原稿を取り寄せて読んでみようと。そしたら、スゴく面白かったんですね。

まず、メキシコのタラウマラ族という民族を探しに行くアドベンチャー・ロードムービー的な面白さ。それから人類最強のランナーと言われるその民族と、いま世界最強のウルトラ・ランナーと言われるスコット・ジュレックが一緒に走ったらどちらが速いのか、というスポーツ・ノンフィクション的な面白さ。そして、人間の身体はそもそも走ることに向いているのか、いないのか、という根源的な問いを様々な専門家に投げかけて、科学的発見を噛み砕いて物語に盛り込む、ポピュラー・サイエンス的な面白さ。その3つの要素が一体となって絡まった、何ともいえない不思議な物語で。すごく引き込まれたんですね。

続編のテーマは、脂肪と筋膜

ちなみに僕は翻訳書の編集者なので、ふだんは著者の方とお会いすることはないのですが、この本の著者のクリストファー・マクドゥーガルとは、この前、アメリカのブックフェアで会う機会に恵まれまして。出版社主催のランニング会に参加して、一緒にセントラルパークを走ってきました。ほとんどの参加ランナーがスニーカーで、著者だけ裸足。僕は今日履いているルナサンダルで参加したらマクドゥーガルに“Wow, hardcore!”って言われました(笑)。

彼はちょうどいま次作を執筆中で、今度はギリシャが舞台です。第二次世界大戦中、ドイツ軍がギリシャを侵略したときに、ヒトラーは要衝クレタ島を4日で制圧するつもりでした。でも、けっきょく4年かかっても落とせなかったと。それは古代ギリシャの身体の動かし方、ナチュラル・ムーヴメントというものがあって、島民たちがそれを駆使して山に籠ったり島中を夜通し走り続けたり、要はレジスタンスをして島を守り抜いたからなんですね。で、それはなぜできたのか、っていうことで物語が始まる。

今回のキーポイントは、脂肪と運動の関係と、筋肉の上をちょうどウェットスーツのように覆っている筋膜。例えば筋膜は足の指先から手の先まで繋がっていたりするから、それをいかに意識して動くかが重要といったことらしいです。なので前作と違ってマーシャルアーツ的な要素も入ってくるんですけど、基本は動物としての人体に本来備わっている力をいかに解放するかということで、そこは前作とも一貫しています。

ソーシャル・ランニングが走る環境を変えた

僕自身、この本を編集する前に、『脳を鍛えるには運動しかない!』という本を手がけていて、走った方が頭がクリアになって仕事のためにも良いから、と走り始めたのですが、なかなか続かなかったんです。それが、いまは毎月100キロほど走っていて、そんなにシリアスでもないけれど、そこまでいい加減でもないぐらいのランナーになったのは、やっぱり『BORN TO RUN』と出会ったことと、いろんなランナーの人たちとの輪が広がったからですね。

それまでもjognoteで記録をつけたりはしていたんですが、オンラインのラン友達はまったくいなかったんです。でも、『BORN TO RUN』を作ってツイッターを使い出したら、どんどんつながりができてきて。そうすると他の人が走っているのが自分の刺激になるし、自分が走ったことをつぶやくと周りの人たちが「ナイスランだねー」なんて言ってくれたりして。それだけで励みになるんですよね。走る環境はホント変わりました。勝手に「ソーシャル・ランニング」って言っているんですけど、いまやランニングって一人でいて一人じゃないというか、つながりがホントに強いんですね。

元々、ランナー同士の緩やかなコミュニティがオンラインにたくさんあることは知っていたので、『BORN TO RUN』を刊行したときに、そういった中に入っていってみたんです。そこからだんだんと濃いコミュニティができあがっていって、そこの方々に支えられてあの本はランナーの間に広がっていったし、自分のランニングも大きく変わりました。みんなでフル・マラソンを走るという、以前の僕にはありえないことまで現実になりましたし(苦笑)。

ソーシャルはオンラインに限ったことではない

そうした僕の経験を踏まえても、スポーツにはオンライン上のコミュニティがしっかりあるし、特にランニングは相性がいいのだと思います。孤独なスポーツであるからこそどんどんオンラインでつながっていく。そういう意味でスゴくバランスのいいコミュニティ形成ができている。だからこそ、僕自身もハマれたわけですし。

僕が作った『シェア』という本にも書いてあることですが、今後、ソーシャルはさらに進化してもっともっとオンライン上のつながりは増えていくけれど、けっきょくはまたオフラインに戻ってくると思うんです。いまソーシャル・ネットワークだって騒がれていることってオンラインやデジタルの側面にかなり偏ってますが、ソーシャルってそもそもがオンラインに限ったことではないですよね。

イメージとしては、オンラインをかませることでオフラインがもう一度豊かになるというか。オンラインとオフラインが双方向に作用すれば、すごくいい循環が生まれていくと思うんです。たとえば以前であれば、走友会といったシリアスなランナー同士がつながれる場はあったけど、趣味ランナーは黙々と一人、家の近所を走るみたいな状況も多かったと聞いています。それがいまはソーシャルでつながれることで、いろんなコミュニティが生まれていて、たとえば「近くに住んでるなら、一回一緒に走ろうよ」なんてリアルに戻ってくる現象がいろんなところで同時多発的に起きています。そこがあるから面白いし、長く続くし、強いコミュニティが次々に生まれてくるんだと思います。

松島倫明 Michiaki Matsushima
書籍編集者(主に翻訳書)。これまでに『フリー』、『シェア』、『BORN TO RUN』などのヒット作を手がけている。最新刊はジョナサン・サフラン・フォア著『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』(すべてNHK出版刊)。

(撮影 村松賢一/文 松田正臣・坂野晴彦)